そうこうしている間に、気がついたらもう年末でした。
私は、忘年会にかこつけて、再び池袋の社長の元へ訪れました。
その日は、あまり好きではない酒をじゃんじゃん飲んでしまい、
あっという間に終電の時間を過ぎていました。
そこで、近くの社長の家にご厄介になることとなったのです。
「すみません。奥さんにごめいわくじゃないですか?」
「いいのいいの。今晩は実家に帰っていて、気楽な独身貴族だから。」
社長の住むマンションに着いたのは午前2時ごろでした。
「そういえば柴ちゃん、卒業後の進路はどうなったの?」
「ええ、あのあと会社の内定式に出席して、同期の人間たちと接しているうちに、
現実問題として仕事と会計士受験を両立するのは、よほどの天才でもなければ無理だな、
と実感しました。特に新人時代は独身寮に全員はいりますので、会社から帰っても、
勉強のための時間とエネルギーを確保するのは難しそうです。」
「つまり、どっちか一つに決めた、ということだね。」
「はい。」
短い沈黙の時間が流れました。
わたしは、差し出されたウーロン茶を一口飲み、ゆっくりと言葉を続けました。
「やっぱり、いずれは自分の城を持ちたい、という気持ちは変わりません。
内定をもらうまでの経緯で、いろいろな方に尽力してもらったり、
また、ご迷惑をかけた人がいたため、申し訳ないという気持ちから2番目の選択肢に
一時は傾いていましたが、同じ後悔するなら、やらずに後悔するより、
『やって後悔する』道を選びます。会社の方々には申し訳ないですが、
内定を辞退して、公認会計士試験に挑戦することに決めました。」
それまで私の話をじっと聞いていた社長が、意外にもぱっと明るい顔になりました。
「それはよかった。俺もその方がいいと思うよ。」
「え?てっきり社長には怒られると思ったんですけど…」
「まさか!俺が後ろ向きの選択を薦めるわけないだろう。たしかに、今度の柴ちゃんの決断によって、
迷惑をかける人がでてくる。その人達に対しての心遣いは当然必要だとしても、
やっぱりやりたいことをやらなくちゃ!『人は思う人になれる』だろ?信念だよ!」
この言葉で、私の気持ちが吹っ切れました。
「ところでさ。受験を決意した柴ちゃんにちょうどいい話があるんだけど、乗ってみない?」
「どういうことですか。」
「実はね、今現在、当社は池袋に本店が1つあるでしょう。
それで、春休みを睨んで、支店を秋葉原、渋谷、そして立川の3ヵ所に出そうと思うんだ。
そこで、柴ちゃんには、秋葉原支店に副支店長として2ヵ月ほど働いてほしいんだ。
1日平均10人~15人前後のアルバイト販売員を動かして、目標の売上げは、
2ヵ月約50日稼動で2,000万円以上だ。もちろん柴ちゃんには固定+歩合で支払うから、
目標をクリアできたら、専門学校の授業料には十分お釣がくる収入になるはずだよ。」
「僕に管理者になれ、ということですか?」
「そう。学生時代に人の上に立っておくことは、社会経験としても貴重な財産になると思うけど。
どう?やってみる気はないかな。」
たしかに、大型国家資格を取得するためには、専門学校の授業料は
年間で50万円くらい必要になるので、それをどう親に相談するかは悩みの種の一つでした。
また、どんなかたちであれ、人の上に立って仕事をしてみたい、
という希望は普段から自分の中にありましたので、私はその場で社長の申し出を引き受けたのでした。
その日は、私の人生にとって、大きな意味のある1日になりました。
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