「その頭じゃ駄目だ!七・三に分けなさい!」
実を言うと、それまでにもう、第3志望である中堅の保険会社1社から内定の約束(内々定という奴です)をもらい、もうひとつ、証券会社から1つ内定を頂いている状態でした。
最後にOB訪問したその会社は業界ベスト3に入る大手で、一歩ビルに入ったとたん、その大きさと綺麗さに圧倒されたのです。
「やあ、君が柴山君か。僕は昭和〇〇年に卒業した××だ。よろしく頼むよ。一緒にこの会社を盛り立てていこう!」
私より15~16歳くらい年上だったでしょうか。気さくな方でした。
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
ところが、あいさつが終わるや否や、先輩は僕の頭をまじまじと見るなり、眉をひそめたのです。
「柴山君、その頭、まずいよ。」
「は?どういうことでしょうか。」
「昨夜も電話で話したとおり、これから人事担当責任者の人に面接してもらうんだけど、そんな冴えない浪人生みたいなザンギリ頭じゃあ、相手の心証を悪くするのは目に見えてるよ。しかも、寝ぐせまでついてるじゃないか」
「はあ…すみません。」
先輩は、黙って窓の方へ歩み寄って行きました。
「あそこを見てごらん。」
なんだろう、と思いながらも、窓に近づき、窓の下の同じ方向を見ました。
「床屋さんが見えますね。」
まるで他人事のように呟く私の言葉には答えず、先輩は懐から財布を取り出し、千円札3枚を私の目の前に差し出したのです。
「これで、あそこに行って来るんだ。」
私は、一瞬、彼の言葉の意味が理解できませんでした。というよりは、思いもよらない展開だったのです。
「あの床屋さんへ行って、七・三に分けてもらいなさい。面接までまだ時間がある。今なら空いているだろうからすぐに切ってくれるよ。さあ、行っておいで。」
NOと言う間もなく、私は背を押されたのでした。
何ともいえない憂鬱な気分に包まれました。私は、昔からおでこが広く、髪も猫毛でふわふわしており、横分けにするととても間の抜けた顔になってしまうのです。
できればそれだけは勘弁して欲しいと思ったのですが、ある意味人生がかかっている訳なので、渋々、散髪に行くことにしました。
しかし、きっと、こんなことは前代未聞なのでしょうね。まさか会社訪問先で「散髪してこーい!」などといわれてお金をもらい、床屋さんに行くなんて、誰も想像できませんよね。
まあ、今思うと、出掛けにきちんと身の回りのチェックをしなかった自分が馬鹿だったということなのですが…
そんなこんなで1時間後、見事な七・三分けのダサい男に変身し、私は再び先輩の前に現れました。
「うん、これだよ、これ!これならビジネスマンらしく見えるぞ!なあ、お前もそう思うだろう?」
先輩は、満足そうに、隣にいたもう一人のOBに向かって言いました。
その時、私は、窓ガラスに映る自分の姿を見て、
「これは俺じゃない!どこかの怪しいセールスマンだ!」
と、心の中で叫んでいました。
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