公認会計士物語 > 第01章 受験生活スタートまでの紆余曲折> 「柴山が卒業式に来てないぞ!」

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「柴山が卒業式に来てないぞ!」

年が明け、公認会計士試験の受験を目指すことになりましたが、問題が一つありました。
内定を頂いた会社にはどう言って了承してもらうか、これが頭痛の種でした。
子供の約束ではないのだから、いったん“Yes”といったものを後でくつがえすには、
それ相応に相手を納得させる理由が必要です。

たとえば、内定が決まったあと親が倒れてしまい、急遽実家に帰ってその後を
継がなければならなくなったとか、不治の病に倒れてしまったとか、
よほどの事情がなければ通りません。

そこでとった手段が、「大学を卒業できなかった」という理由付けです。
以前に、卒業単位が足りないため留年し、内定後入社ができなかった人がいたらしく、
それは不可抗力として取り扱われていたことを聞いていました。
その前例を活用(?)させてもらおうと考えたのです。

もちろんこれで全てが丸く収まるわけではないのかも知れません。
ただこの時点では、「柴山はばかな奴だなあ」ぐらいに思われることは全然苦になりませんでしたし、
これでいままで私の就職活動をめぐって苦労していただいた方へのせめてもの決意の表明ができれば、
と思い、あえて2科目分の単位不足という形で留年しました。

卒業式を目前に控えた2月、3月の頃は、全く大学へは行かず、
もっぱら秋葉原の支店で(専門学校の授業料+翌年分の大学の学費)稼ぎで忙殺され、
実は大学の同級生には全然留年のことを伝えていませんでした。

そんなこんなで、あっというまに卒業式の日がやってきました。
その日もやはり、私は副支店長として秋葉原で販売に精を出していたので、
すっかりそのことを忘れていたのです(もちろん、その時の私には全く関係のないこととなっていましたが…)

その夜、午後11時過ぎに家に帰ってみると、留守番電話に同級の友人からメッセージが入っていました。

「おーい、柴山!どうしたんだあ。卒業式にお前の姿がないんで、みんなびっくりしていたんだぞ。
これ聞いたら、電話をくれ。」

私は、今日が卒業式であり、そういえばアルバイトにかまけて大学の人間には
全く事情を話していなかったことをようやく思い出し、あわてて彼の所に電話を入れました。

「もしもし、柴山か?お前、一体どうしたんだよ。『柴山が卒業式に来てないぞ!
行方不明にでもなったのか?』ってみんなで心配してたんだぞ。訳を教えてくれよ。」
「ごめん。実は俺、留年したんだ。」
「りゅうねんだって?」
その後、私はかいつまんで単位をわざと落とした経緯を友人に話しました。
「そうか、なるほどねえ。しかしまた、ずいぶんと思い切ったことをしたもんだな。
公認会計士って、すごく難しいんだろう。」
「合格率は6%ぐらいかな。」
「ろくぱーせんとお?それじゃあ、受かること事態が奇跡じゃん。
だいたい、お前が在学中に勉強しているところなんか、全くみたことないぞ。」
「ああ、たしかに。でもまあ、2~3年も頑張れば、何とかなるかなあ、なんて思ってたりして…」
「呆れた奴だな。せっかくいい会社に就職決まってたのに。まあいいや。もし万が一受かったら、
盛大に合格祝いやってやるよ。頑張れよな。しかし、これは凄いニュースだよ。
他の奴らがこのことを知ったらビックリするだろうな。」
というより、あきれるだろうなあ、とは私自身も思いました。

電話を切った後、彼が言った言葉を思い返してみました。
「万が一受かったら…」
どうやら、彼は私が合格するとは本気で考えていないみたいです。
ますます闘志がわいてきました。
「本当に合格して、興味半分で俺の受験を見ていた奴らをビックリさせてやる…」
さしたる根拠はなかったのですが、不思議と、この勝負に負ける気がしませんでした。


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