教室はノウハウの宝庫だ!
私はときどき、「教室はノウハウの宝庫だ!」と言うことがあります。
実はこれには、2つの意味があるのです。
1つ目の意味は、「受験生にとっての」ノウハウの宝庫ということです。
たとえば、あるテキストを使って、独学で簿記の知識を得ようとする人がいたとします。
とうぜんのことながら、その人は、テキストを1ページ目から順に読んでいくことでしょう。
そして、1ページ目に書いてあることが理解できたら2ページ目に移り、
さらに、2ページ目が理解できたところで3ページ目に移る…
こうして、最初の項目から、順に一つ一つ、どの項目も等しく理解するための努力を払っていきます。
「そんなの、あたりまえじゃない!何か問題あるの?」
きっと、そう言いたくなる人もいることでしょう。
でも、ちょっと待ってください。
どのような教科であっても、およそ学習というものは、全ての項目が等しく重要なわけではありません。
また、どの学習テキストを見ても分かるように、1番はじめのページから、易しい順に項目が
上手く配列されている、ということはまずありえないと言っていいでしょう。
つまり、本を読み進める途中で、必ずといっていいほど、「すごく理解に苦しむ」ような学習項目に、
何度となく当たるはずです。
そんなとき、1人で勉強していると、「ここが分からなければ、とても先へは進めない!」という強迫観念に襲われるのですね。
また、反対に、その教科を得意にするためには、「他の箇所より時間をかけて、じっくり完璧に
理解して欲しい」項目が、いくつかあるのです。
そういったことも、1回目にテキストを読む段階だと、見分けることはきっと難しいでしょう。
かくして、独学で一番怖い、「重要じゃないところも、すごく重要なところも、
全く同じエネルギーと時間をかけて勉強してしまう」という非効率的な現象におちいっていきます。
人は誰でも、単調な作業を長く続けることが苦手ですから、途中で挫折、ということにもなりかねません。
その点、教室には、その教科を一足先に勉強し、合格水準までマスターした講師がいます。
彼は、自分の経験から、一度読んだら飛ばしてよい項目を知っていますし、
逆に、絶対理解して欲しい最重要項目も熟知しています。つまり、
勉強にメリハリを与えることができるのです。
また、みんなが苦手とする、暗記を上手にやるコツとか、全体像の理解の仕方とか、さまざまな学習テクニックを学べることも見逃せません。
さらに、教室で仲間ができれば、いい気分転換にもなりますよね。
このように考えると、「教室が受講生にとってのノウハウの宝庫」であることが、十分理解できるでしょう。
それでは次に、2つ目の意味です。
それは、「講師にとっての」ノウハウの宝庫である、ということです。
私の場合を例に取りますと、ある講義の直前になって、突然、「あ、これはいい教え方かも!」と、
新しいアイディアが浮かぶことが良くあります。そんなとき、そのアイディアをさっそく教室で実行してみます。
そして、受講生の反応を確かめ、「使える教え方」かどうか、ちょっとした実験をするのです。
もちろん、思いつきが全て上手くいくわけではありませんから、「これはちょっとダメかな」、という結果に終わったこともままあります。
しかし、それが予想以上に良い反応で返ってくると、「これはいけるぜ!」と意を強くし、
指導ノウハウとして、しっかり私の頭の中にインプットされます。
実は、今の私が持っている指導ノウハウは、ほとんどが毎回の講義でちょっとした実験を行い、
培ってきたものと言えるのです。
やっぱり教室は、講師にとっても「ノウハウの宝庫」なんです。
カテゴリー:第07章 教室の現場から
「講師」という仕事の面白さ
平成10年7月に独立開業したとき、当面は税務業務の顧問先もないため、
月に2~3日の監査法人における非常勤の業務補助を行うかたわら、
専門学校で日商簿記検定の講師をすることにしました。
はじめのうちは、どうなるものかとても不安だったのですが、実際に教室で講義をしてみると、
これが非常に私の性格に合っていました。
さしあたり、日商簿記検定の3級と2級を担当しました。そのさい、教室にくる受講生は、
ほとんどが簿記の知識が全くないに等しく、私のひとことひとことに、
みんなが耳を澄ませて真剣に聞いてくれます。
また、教室にいる全ての人間のなかで、講師だけがみんなの注目を浴びています(これは当然!)。
教壇の上に立つと、さながらステージの上でパフォーマンスをしているかのような錯覚におちいるから
不思議です。もしかしたら、こんな感覚を覚えるのは私だけかもしれませんが、人前ではなすことが
非常に好きな自分を発見し、新鮮な驚きを覚えたほどです。
「どうやったら、自分の話を面白おかしく聞いてもらえるだろうか?」
「どういうふうに教えたら、みんなが理解してくれるだろうか?」
なんてことを考えているだけで、わくわくしてくるのです。
そして、事前に用意してきた教え方やトークが見事にはまって、みんなが喜んでくれた時には、
「この仕事をやっていてよかった!」と心底思えます。
もしかしたら、講師という仕事は、私の転職、いや天職かもしれませんね。
カテゴリー:第07章 教室の現場から
念願の独立開業とお客様第1号
その個人会計事務所に在籍していたのは1年足らずという短い期間でしたが、
その間にこなした様々な分野の仕事は、監査法人時代に得たものとはまた違った意味で、
とても大きな財産となりました。
なにより、「財務書類を見る立場」だけでなく、「財務書類を作る立場」を経験した、
ということが非常に有意義だったと思います。
そんなこんなで、翌年の春、「もう少しいればいいのに!」という、ありがたい引き止めのお言葉を
いただきながらも、「自分の名前で会計事務所を出す」という1つの目標に向けて、
退職することとあいなったのです。
そして、4月に辞めてから、5月と6月は、本当にあっという間に時が過ぎていきました。
その間、事務所の看板をつけたり、名刺を発注したり、地元の電話帳に広告案内を出したりと、
いろいろ準備をしたのですが、気が張っていたせいか、それほど忙しい、という感じはなかったですね。
準備作業にもある程度めどが立ったので、広告案内が町内に出回る7月1日を「独立開業の日」に決め、
「柴山公認会計士事務所」が、晴れてスタートしました。
まあ、はじめの2~3年は、税務のお客さんもほとんどないだろうな、
という前提で考えていましたので、開業当初はかなりお気楽な雰囲気の毎日でした。
そして、開業から半月ほど経ったある土曜日の朝、一本の電話がなったのです。
「はい、柴山会計事務所です」
「あのう、税金の相談に乗っていただきたいんですが…土曜日でも大丈夫でしょうか?」
きた、と思いました。
「ええ、もちろんです。それで、どんなご用件ですか」
「私は、1年前から美容室を経営している者です。先日、区役所から、
『住民税の申告』をして欲しいので、都合の良い日時を決めて来てくれな
いか、といわれまして…」
「なるほど、税務申告のご相談ですね。それでは一度、お宅のお店に伺
って、具体的にお話を伺いましょう!」
これが、第1号のお客様との出会いでした。
「なかなか、さいさきのいいスタートだぞ」
私が抱いた、当時の心境です。
カテゴリー:第06章 個人会計事務所の理想と現実
大掃除の日とベンツ
個人会計事務所に入ってから4ヶ月が経った頃、事務所の年末大掃除がありました。
その日は朝から、副所長の決めた分担に従い、せっせと床そうじや書棚の整理など、
日頃の汚れをやっきになって落としていました。
私の分担は、パソコンの周辺の掃除と窓拭きです。
冬とはいえ、力を込めて雑巾がけをしていると、だんだん体があったかくなってきます。
ついには、Yシャツを肘のところまで腕まくりして窓を拭いていました。
昼近くになった頃、1階の窓がきれいになったので、2回のベランダ側の大窓をごしごし拭きはじめました。
その時、自分が社会人になって、これがはじめての事務所の掃除であることに、はたと気付きました。
監査法人時代は、ビルの清掃会社に全て任せていたわけですから、職員だったわたしは、
会社の中で雑巾やモップをもつことは全くありませんでした。そういった意味では、楽だったんですね。
「年末に 1人窓拭く 会計士」
ほこりにまみれながら、笑えない俳句をつぶやいたりしていた自分がちょっと虚しかったです。
すると、事務所の前に見知らぬベンツが突然近づいてきました。
「こんな日にお客様かな?」
来客があるとは全く聞いてなかったので、ちょっと変な感じがしました。
少し遅れて、所長が玄関口からにこやかに笑いながら出てきました。
「どうもご苦労様。いい車ね」
車の中から、自動車会社の営業マンらしき人が出てきて、何やら話し合っています。
「何、あれ?」
私が訪ねると、税理士試験を受験中のO君が教えてくれました。
「所長の新しい車みたいですよ。買い換えたんですかねえ」
その新車は、渋い光沢を放ちながら、重厚な存在感を示していました。
「うーん、うらやましい!職員が大掃除でふうふう言っている時に新車の購入とは…やっぱり、早く経営者にならねば!」
あまり格好の良い動機ではありませんでしたが、その時、ますます独立開業への思いを強くしたのは、紛れもない事実でした。
カテゴリー:第06章 個人会計事務所の理想と現実
金とハンコの重要性
大手の監査法人にいた時にはあまり意識しなかったけれども、個人の会計事務所に勤めるようになってから、非常に気を使うようになったことがあります。
それは、次の事柄です。
1.ある一つの仕事をするには、一定の期日までに資金を用意し、きちんと払い込んでいなければならない。
2.会社の外部の人との取引については、正式な印鑑を用意し、押印をしなければならない。
「なんだ、そんなことか。それなら、中学生だって知ってるよ!」
もし、このように軽く考えているとしたら、それはとても甘い認識です。
言葉だけなら、私だって知っていました。
しかし、「ただ知っている」というレベルと、「それを現場で確実に実行する」ということは、
全く別の次元の話なのです。
こんなことがありました。(話は脚色していますが、ご了承ください。)
大阪に住むある個人の資産家Y氏が出資している、㈱A社(本社は東京)という会社の一部門に、
文化事業部がありました。こんど、この文化事業部をもとの会社から分離し、5千万円の資本金を
事業資金として、新たに文化事業を専門に行う㈱B社という会社を設立することになったのです。
㈱A社
文化事業 ㈱B社
部門 分離
新規設立
(資本金5千万円)
資産家のY氏50%と㈱A社50%の構成になります。
㈱A社 2,500万円(50%)
(本社:東京) ㈱B社
(本社:東京)
2,500万円(50%)
Y 氏 資本金5千万円
(住所:大阪)
ここで、株式会社の設立の手順について、ごく簡単に触れておきます。
まず、①会社の名前である「商号」、何をするかという「営業目的」、
当初の開業資金となる「資本金」や本店の住所などについて決めます。
次に、②役員と出資者(株主)を誰にするか決めたら、会社設立の日の数日前には、
5千万円全額の払込が確実に行われるよう、入念に先方の資金繰り状況について打合せします。
一般に、会社を設立する日は、縁起をかついで「大安の日」を選んだりすることが多いのです。
結婚式の日取りを決めるみたいで面白いですね。
あるいはこんな方もいらっしゃいました。
「語呂がいいので、平成11年11月11日に会社を作ってください」
この依頼は、4日前の11月7日の夜にあった話です。この時は、ずいぶんとあわてたものです。
今では笑い話ですが……
話は横にそれましたが、いったん設立の日を決めると、それは仕事の「納期」となります。
当然、その日をゴールに見立ててスケジュールを組むわけです。
そのさい、設立の数日前までに、いちど決めた資本金の額が払い込まれていないと、
会社設立が予定日に間に合わなくなってしまい、大変なこととなります。
したがって、出資者であるY氏と㈱A社には、払込の期限を正確に伝えなければなりません。
もちろん、金額も、2,500万円ずつというとても大きな額なので、用意する方も大変です。
したがって、スケジュール決定の責任者となった私は、まだ慣れないこともあり、非常に緊張しました。
また、その他に大事なこととして、役所に提出するための書類を、法律の定めに従い作成するという
業務があります。もちろん1字1句、細心の注意を払って記載します。万が一、依頼者である㈱A社や
Y氏に見せる時に、少しの不備があったとしても、それは専門家として許されません。
なぜなら、提出書類には、出資者が役所に届け出ている「実印」という大事なハンコを押すことになるので、押印後に間違いがみつかったとしても、そう簡単にもう一度、というわけにはいかないのです。
ましてや、Y氏のように、遠い大阪に住んでいるような場合、わざわざ実印をもらいに
こちらから書類を持って出向いていかなければなりません。それには先方のスケジュールのやりくり、
長い移動時間と高い旅費など、ハンコ1つにとても大変な手間をかけるわけですから、
「やり直し」は、事実上あり得ません。
今の話は、会社を設立するという、特殊な事例ではありましたが、資金の手当てと実印が
必要な大事な取引には、さまざまなものがあります。
たとえば、会社が所有する株式を売却した時などは、法律の要件に照らして、
「有価証券の売買契約書」を作成します。
株式の売買は、通常百万円単位から、数億円単位まで、はんぱではない多額の取引になりますから、
株式を買う側としては、売買の日付にあわせて必要な資金を用意しておかなければなりません。
また、重要な契約書類ですから、取引の当事者の実印を押すのが通常です。
その時にも、売り手と買い手が近所に済んでいる、なんて都合の良いことはそうめったにありませんから、
やはり事前の入念な段取りは不可欠なのです。
つまり、企業が出会うさまざまな場面で、いつまでに資金を用意し、いつまでに実印を持ち出して
契約書などに押すかということが、いかに重要かお分かりいただけたと思います。
「金とハンコ」は、いろんなところで重要なのです。
カテゴリー:第06章 個人会計事務所の理想と現実
個人事務所の勤務時代
これは私の場合に限ったことかもしれませんが、やっぱり、税理士の先生の個人事務所に応募しても、
あまり良い結果には恵まれませんでした。
そこで、しかたなく、公認会計士の先生が所長さんの個人会計事務所の求人広告を探すことに
しました。ただ、公認会計士で独立している人の数は少ないことから、なかなか良い求人広告には
出会えませんでした。
7月も終わりに近づき、少しあせり始めた頃、ようやく就職雑誌で1つの公認会計士事務所の求人欄を
見つけ、喜びいさんで応募しました。
かくして、翌8月より、めでたく再就職とあいなったのです。
その事務所は赤坂の一等地にありました。
閑静な住宅街の一角で、すぐ近くには、大使館や赤坂御所が見えます。
私がお世話になった公認会計士事務所の所長先生は、女性の方でした。
その先生は、病院経営のコンサルティングや相続関係の仕事に強く、そのかたわらで、
株式会社や有限会社の経理業務を見たりしながら、さらにはプロスポーツ選手の所得税の申告など、
さまざまな業務を幅広くこなす、かなり精力的な方でした。
入所後、さっそく私は4~5社の会社の日常経理業務を担当し、さらに、地価税の申告や相続税の
申告業務も任されました。
その合間に、新規のお客様が株式会社を設立するというので、全ての段取りをつけ、
会社設立まで、お客様を完全サポートしました。
これらひとつひとつの仕事は、どれもこれも新鮮で面白かったです。
なにより、届出関係の業務に付随して、いろいろな官公庁や公共の施設に行けたのが、
はじめは凄く実務の勉強になりました。
区役所、税務署、都税事務所、法務局、公証人役場に国会図書館と、最初の3ヵ月に現場で
覚えた実務知識は、どれもこれも貴重な財産です。
時には弁護士先生の法律事務所に日参して、紛争事件になりそうな案件の打合せや、
遺産相続に係る遺族の方々の財産分与に関する調査など、本当に東奔西走の毎日を送っていました。
そういえば、ある相続税の申告に関する案件で、弁護士の人が、亡くなった資産家の方の、
出生から死亡時点までの全生涯の戸籍を取り、コピーを送ってきたことがありました。
弁護士資格を持っている方は、職業上、他人の戸籍を取得することができるんですね。
ただ、はじめは、あらためて死亡者の全生涯の戸籍をとる、その理由が全くわかりませんでした。
そこで、事務所の同僚に、なぜそんな事をするのか尋ねたのです。
「それはですね、今の奥さんとの間以外に、死んだ人の子供がいないことを確認するためですよ。
奥さんと知り合うずっと昔に子供を作っていたかもしれないし、または、変な話ですけど、
隠し子がいたりするかもしれないでしょう?」
なるほど、と思いました。
しかしまあ、なんとどろどろした話でしょう。「~サスペンス劇場」のドラマにでも出てきそうですね。
事実は小説よりも奇なり、です。
ともかく、監査法人にいたときとは違った意味で、たくさんのことを学ぶことができました。
現場の仕事というのは、本当に奥の深い、それでいて興味の尽きないものなのです。
カテゴリー:第06章 個人会計事務所の理想と現実
次の就職先が決まらない?
平成9年6月30日付けで、新人の頃からお世話になった監査法人を辞めたあと、
10日間くらいはボーっとしていました。
7月も中旬にさしかかった頃、そろそろ家でごろごろしているのも飽きてきたので(なんてぜいたくな!)、
書店に行って「デューダ」を買い、個人の税務事務所の求人広告をチェックしはじめました。
しかし、公認会計士を直接募集するような求人広告は、なかなか見つかりません。
そこで、資格の欄に、「経験者求む」というような記載があった2ヶ所の税理士事務所に
履歴書を送付してみました。
ところが、いずれの場合も面接まで辿り着くことができませんでした。
「理由は何だろう?」
あれこれ考えてみて、「税務事務所で必要としている人材は、会計士の有資格者よりも、
むしろ税理士試験の一部科目合格者のような、勉強中で雑務をいろいろやってくれるような人だ」
という話を、以前に聞いたことを思い出しました。
そこで、ちょっといじわるかな、とは思いましたが、背に腹は変えられないので、
3通目の履歴書は、わざと公認会計士の資格を書かずに送ってみたのです。
3日後、先方の税理士事務所から電話がかかってきました。面接してくれるというのです。
とりあえず突破口は開けました。あとは、面接に行ってからの勝負です。
約束の面接は、電話があってから2日後の昼過ぎでした。
「どうも、はじめまして、所長で税理士の〇〇です。僕の隣にいるのは、
副所長で人事を担当している××です」
「柴山と申します。よろしくお願いします」
ひとしきり、初対面のあいさつが終わると、さっそく所長さんが切り出してきました。
「履歴書を拝見すると、監査法人に5年近くお勤めだった、ということですが、
お仕事は主に監査業務の補助をなされていたのですか?」
「はい。そのとおりです」
「そうですか。監査業務の過程で、法人税の申告書を扱うことなどはあるのでしょうか」
「ええ、決算業務の監査を行う際に、会社で作成した申告書を見て計算過程をチェックすることはあります」
「なるほど…実は、うちのお得意さんでも、ある程度の規模の株式会社が結構あるので、
そういった面では、大企業の税務を見られていた、というのは好都合ですね」
そう言うと、所長さんは、ゆっくりとお茶を口に運びました。
そのとき、いちどは、これはいいかも、という感触を得たのですが…
「ところでですね」
私が書いた履歴書の資格欄を見ながら、おもむろに所長さんの口が開きました。
「柴山さんの経歴を見ると、公認会計士の資格が記載されていないのですが、試験はお受けにならなかったのですか?」
きたか、と思いました。
「いえ、実は平成8年の4月に公認会計士として登録しているのですが、
それをうっかり履歴書に書くのを忘れていました」
「えっ!」
所長さんと副所長さんが同時に小さく驚きの声をあげました。
ここまでは、あるていど覚悟していた展開です。あとは熱意と気合で押し切るだけです。
「もちろん公認会計士としての資格はありますが、申告書の作成実務という点では、
新人のつもりで仕事をしたいと思っています。当然、給料面でも、
無資格の人と同レベルになることは承知の上で来ていますので、どうかご一考ください」
ひとしきり私の主張を聞き終えると、二人は顔を見合わせていました。
あきらかに困っているようです。
「あの…」
さっきからほとんど口をきかなかった副所長さんが、はじめて重い口を開きました。
「まことに申し上げずらいのですが、今回の募集は、税理士の受験生で、
20歳代前半までの方か、あるいはすでに税務申告書の作成経験者に限らせていただきましたので、
当方では、柴山先生....のニーズにはお答えできないと存じます」
どうやら、雰囲気だけではなく、言葉づかいまで変わってしまったようです。
「副所長が申し上げましたように、公認会計士の先生には、十分な雇用条件を提示するのが難しい、
という現状をご理解ください。たしかに、さきほど柴山先生がおっしゃったように、
新人と同じような待遇で、という道もあるのでしょうが、それでは現実問題としておさまりが付かないと
思います。私どもも心苦しいですし…」
「そうですか」
「ただ、いちど副所長と私とで相談の上、あらためて採用の可否についてご連絡申し上げます。
正直言って、現段階では、どうするかについては白紙とお考え下さい」
面接はここで終了となりました。
私は、簡単なあいさつを済ませると、面接室のすぐ外にあるエレベーターの前へと進みました。
エレベーターのボタンを押そうとしたときに、ちょうどわたしのいるフロア-をエレベーターが通過してしまい、
いったん上の階に行ってから、戻ってくるまで待たされる羽目になりました。
最上階のランプがいったん点灯しました、そこからなかなか降りてきません。
どうやら、乗降者がたくさんいるようです。
「ついてないな…」
そう思って待っているうちに、2~3分は経ったでしょうか。
すると、さっきの面接場所のあたりから、所長さんらしき声が聞こえてきました。
「やっぱり、会計士は使いずらいよな。無資格者のように雑用を頼むのも気を使うだろうし…」
「そうですね」
壁に耳あり、障子に目ありです。これで、不採用が決定的になりました。
公認会計士の資格を持っていることで、かえって個人の税務事務所に就職するのが難しくなるとは、
なんとも皮肉な話です。
カテゴリー:第06章 個人会計事務所の理想と現実
税金の実務を知りたい
私は、平成4年の10月に公認会計士の2次試験に合格後、監査法人に入所しました。
そして、3年半後の平成8年3月に、3次試験の合格通知を受け、
翌月に晴れて「公認会計士」の登録をしたのです。
この頃、監査法人の中でも、チーム内で監査業務の計画を立てたり、
現場の仕事の進み具合を管理したり、いろいろな役割を与えていただき、
充実した日々を送っていました。
ただ、その一方で、「税金の実務にもっと関わってみたい」という思いが強くなっていったのも事実です。
公認会計士は、商法や証券取引法などの法律に基づき、独占的に大企業の監査を行えますが、
その他に、コンサルティング業務や、所定の要件のもとに税務業務を行うこともできます。
そして、受験生時代に公認会計士を目指す者は、誰もが一度は「独立開業」を夢見ます。
ただ、独立開業をすると、それまでのように、大きな会社ばかりを見るわけにはいきません。
たとえば、経理担当の部署1つを取ってみても、大企業なら、会計に関する仕事を専門的に行う職員が
何人もいて、会計実務を集中的にこなしており、知識も豊富です。
税金の計算なども、よほど特殊なケースでもなければ、
ある程度は自分たちでできる場合がほとんどです。
これに対して、中小企業や個人商店では、大企業のように豊富な人材はいません。
経理担当とはいえ、社員の入社・退社や社会保険の手続、業務上のトラブルの処理など、
さまざまな業務を幅広くやることが多いわけです。
したがって、大企業の経理部門にいる人達とは違って、会計を専門的に勉強する機会は少ないのです。
また、中小企業や個人企業では、投資家に対する情報公開などより、
むしろ税金がいくらかかるかの問題の方が、よっぽど関心が高いという現状は、否定できません。
ある意味、ここに独立開業した会計士や税理士へのニーズがあるといえます。
とすれば、いきおい、会計業務と切っても切れない関係にある、税金面のアドバイスや手続の代行などが、
非常に重要となってくるわけですね。
このようなことから、独立してさまざまな仕事をこなすためには、
どうにかして税務の知識を深めるチャンスを得たい、と以前から考えていました。
具体的には、監査法人に勤め始めてから5年が経った頃に、もう一度将来について考えてみて、
やはり独立開業をしたい、という思いが変わらなければ、思い切って転職し、
個人会計事務所の門を叩いてみよう、と監査法人に入所した当初から決めていたのです。
そんなおり、入所4年目で監査チームの再編成がありました。
それから1年ほど、ひきつづき監査の仕事をやりながら今後のことをいろいろ考えました。
そこで思ったことがあります。
「今は、監査法人という大企業の看板で仕事をしているから、関与先の経理部長さんや
役員の人も『先生』と呼んでくれている。しかし、『〇〇監査法人』の看板をとったとき、
『柴山』という個人の名前でどれぐらいやっていけるのか、自分の力を試したい!」
そういう思いは、3次試験を突破してから、よりいっそう強くなっていました。
かくして、入所してから4年と9ヶ月後に、監査法人を退職することとなったのです。
カテゴリー:第06章 個人会計事務所の理想と現実
監査の現場はノウハウの宝庫
公認会計士の監査の対象となるのは、たいていが大企業です。
したがって、お邪魔する会社の規模が大きいため、当然のこととして、
日常的にさまざまな出来事が起こります。
何億円もするような製品の販売、新規の取引相手に対して行う信用調査、株や債券などの有価証券の
売買、不動産の譲渡や賃貸借、会社の合併、取引先の倒産による売上代金の貸倒れ、
はたまた従業員による会社のお金の使い込み、などなど、数え上げたらきりがありません。
監査人は、これらさまざまな企業活動にかかる生の資料を、監査業務の過程で見ることができます。
これは、とても貴重なノウハウなのです。
実際のところ、あちこちの会社に行くと、次のような質問をよく受けます。
「我が社の業務レベルは、他社に比べて、どの程度なのでしょう?」
「このような取引は、当社では全く初めてのことなのですが、他の会社ではどのように
対処しているのでしょうか?」
つまり、1つの会社の中にいると、いきおい世界がその中に限られてしまうため、
他との比較がなかなかできません。そこで、いろいろな会社の実務に接して、
豊富な知識を持つ公認会計士に、アドバイスを求めたくなるのでしょう。
こういった、クライアントの方々のニーズに直面した時に、「ああ、会計士って、面白い商売だなあ!」と強く実感します。
そして、普段の監査の現場でいろいろな問題点にぶつかった時こそ、
「ここで苦労したことは、今後の自分のキャリアにとって、かならず血となり肉となるものなんだ」
と自分に言い聞かせ、真剣に取り組む事が大事です。
なお、私の経験では、どちらかというと、成功談より失敗談の方が、人はやや興味を強く持って
聞いてくれるみたいです。
「人生、いたる所に師あり」
これは、N先生から教えてもらった言葉です。
「監査先、いたる所にノウハウあり」
こう言えるのは、公認会計士だけの特権ですね。
カテゴリー:第05章 監査というお仕事
実地調査
監査人は、大企業の公表する財務諸表が適正に会社の財務状況を反映していることを、
専門家としての目で確かめ、監査証明の形で世間に示すことをその業務の最終目的としています。
ここで、会社の財務状況というのは、簡単に言うと、主に次の2つの内容を指します。
1.決算日までの1年間で、稼いだ利益の計算過程(売上-費用など)
2.決算日現在における、会社の財産の状況
したがって、監査人である公認会計士は、「利益の計算過程が正しいこと」、
および「決算日現在で会社の保有する財産が正しく表示されていること」を中心に、
検証する必要があります。
このような目的の監査は、通常決算日以降に行われ、「期末監査」などと呼ばれています。
(これに対し、前項の「監査手続の一例」のところで紹介した、「入金・出金記録の正確性」を
検証するような手続を、「期中監査」と呼びます。)
たとえば、企業が決算日に保有している財産は、監査人が直接会社にお邪魔して、
現物を実際に確認できれば、これ以上の確実な検証方法はありませんよね。
このように、財産の現物を、監査人自らの目で数え、帳簿の金額と一致していることを確かめる
監査手続を「実査」といいます。実査は、いわば財産の実地調査なのです。
この実査という手続自体は比較的かんたんなので、2次試験に受かったばかりの会計士補が
担当することが多いのです。わたしも、新人の頃、会社の決算日には、業務時間終了と同時に、
経理担当の方と一緒になって、現金や株券の数をよく数えたものです。
場合によっては、1千万円以上の現金を数えたりすることもあるので、
ふだん小銭しか持ち合わせていない身としては、ずいぶんと緊張したことを、
今でもはっきりと覚えています。
カテゴリー:第05章 監査というお仕事
監査手続の一例
ここでひとつ、私たち監査人がクライアントの会計帳簿をどのように監査するのか、
その手続を簡単な例でご紹介しましょう。
一般に、会社の通常の業務時間は朝9時から夕方6時くらいまでの間となります。
監査人は、そのあたりを考慮して、クライアントにお邪魔する時間をだいたい9時半から5時半までと
設定することが多いですね。
なぜなら、始業時間の9時ちょうどに行っても、会社の方で監査の受入れ体制がまだ整っていないですし、
また、終業時間ぎりぎりまでいると、その後、帳簿の片付けなど、会社の人の後始末が業務時間より
遅くなり、かえって迷惑をかけてしまうからです。
さて、それでは実際に、朝9時半にクライアントの会議室に到着したとしましょう。
だいたい、1チーム3人~5人くらいの人数です。
まずは、会社の担当のお姉さんが出してくれるお茶を飲んで、一息入れます。
そして、主査という、現場のまとめ役の公認会計士が、その日の各監査人の担当業務を割り振ります。
通常は、次のような分担表を作って担当業務を明らかにします。
業務分担表
会社名:〇×株式会社(3月決算)
往査日:11月21日~23日
関与社員 公認会計士 会計士補
項 目 A B C D E F 備 考
現金預金 〇
受取手形 〇
売 上 高 〇
仕 入 高 〇
このように、現金預金、受取手形、売上高や仕入高など、取引項目ごとに監査手続の担当者を決めます。
往査日とは、監査に伺う日のことです。
ここでは、1年の途中で、会社の会計業務が適正に行われていることのチェックをする目的で
監査に行く、という状況を想定しておきます。
なお、「関与社員」というのは、そのクライアントに関与し、その財務諸表が適正であるかどうかにつき
監査証明を行い、サインをする責任者のことをいいます。
社員とは、監査法人という会社における役員のことなんだ、と考えていただければよいでしょう。
さて、それでは次に、現金預金の項目を担当する、会計士補Eさんの監査手続を例にとって、
簡単に監査業務の内容を見ていきましょう。
現金預金のような財産項目については、監査を行う上で、次の3つが重要なポイントとなります。
1.会社の帳簿に書かれている現金の残高は、本当に「実在」するか?
2.会社の入金取引は、「正しく」帳簿に記録されているか?
3.会社の出勤取引は、「正しく」帳簿に記帳されているか?
1.のようなポイントを資産の「実在性」といいます。
2.や3.のようなポイントを記録の「正確性」といいます。
Eさんはまず、会社の経理担当者から、前月における1ヵ月の全ての取引を集計した「試算表」という表のコピーをもらいます。
試 算 表 No.10
〇×株式会社 作成日:11月8日
10月1日~31日
(単位:円)
項 目 前月残高 借 方 貸 方 当月残高
現 金 40
月における1ヶ月間の現金の動き>
月初40,000+入金合計300,000-出金合計250,000=月末90,000
⇒ 10月の末日現在で、金庫の中に現金が90,000円あった。
そこで、さっき挙げた監査の3つのポイントをもう一度思い出してみましょう。
1.10月31日現在の現金90,000円は、実在するか? (実在性)
2.入金額300,000円は、取引を正しく記録したものか? (正確性)
3.出金額250,000円は、取引を正しく記録したものか? (正確性)
実在性というのは、通常、決算日(1年の最後の日)現在における財産が実際にあるかという点が
重要になるので、これは3月31日などの決算日に確かめにくることが原則となります。
したがって、1年の途中で行う監査の時は、もっぱら2.と3.の「正確性」を重点的に検証します。
ここでは、さしあたり出金記録の正確性に関するチェックのやり方について、具体例をご紹介しましょう。
<出金記録の正確性のチェック例>
(1) 会社の人から現金の出納帳を借りて、10月出金記録の合計額が、
試算表の貸方250,000円と一致することを確認する。
(※帳簿記録の合計が、試算表に集計できていることを確かめる。)
(2) 現金の出納帳から、1件別に出金記録を「監査調書」という手続用の専用紙に書き出して、
領収書などの証拠資料と、金額や支出内容を付き合わせる。
(※帳簿記録が、証拠資料により裏付けられていることを確かめる。)
<監査調書の記載例(便宜上、一部の表記をわかりやすくしています)>
出金取引の検証 No.20
〇×株式会社 科目:現 金
11月21日 担当者: E
<資料:現金出納帳>
日 付 取引内容 金 額 照合
10月 2日 事務用品代 80,000 ν (ν…領収書と照合)
10日 交通費 20,000 ν
18日 光熱費 50,000 ν
25日 広告宣伝費 100,000 ν
合 計 250,000 ←(№10前ページ)と一致
結論:上記手続の結果、出金記録はすべて証拠資料と照合され、
合計額は正しく試算表に転記されていることが確認された。
上記のように、帳簿に記載されている取引の金額が、領収書などの証拠資料と
全て突き合わせることができればオーケーです。もしも、帳簿記載の金額と領収書の金額が
違っていたり、一部領収書が紛失されていたりしたら、それは会社の内部管理に問題ありとして、
監査調書に事実を詳しく書かなければなりません。
まあ、そういうことはめったにありませんが…
カテゴリー:第05章 監査というお仕事
2次試験の知識は役に立つか?
公認会計士2次試験は、100人のうち6人~7人くらいしか合格しない難関試験ですから、
当然、これを突破するためにかなりの勉強をします。
そうして苦労して身に付けた知識や理論が、実際の監査業務やコンサルティング業務に、
どれくらい役立つのか、これから受験しようとしている方には少なからず興味があることと思います。
私は、2次試験合格後、監査法人に就職しましたので、
まずは監査の現場でいろいろな場面に出くわしました。
そこで、私が上司や監査先の担当者から質問を受けた事項の一例を、ここに挙げてみましょう。
「柴山君、改正後の商法では、この規定はどうなっているんだい?」
「柴山先生、我が社が先日行った取引の会計処理について、ひとつ、相談があるのですが……」
「先生、我が社の内部管理のシステムについて、監査の理論に照らして、
何か問題点があったら教えていただけないでしょうか?」
「今年の会計基準の改正で、当社が、財務諸表の作成に当たって
注意しなければならないポイントは何でしょうか?」
ほかにも、例をあげればきりがないのですが、上記の質問の内容をよく見てみると、
どれも2次試験の受験勉強の過程で身に付けてきた知識の範囲内のことを
尋ねられているに過ぎないことに気付きます。
もちろん、中には、より専門的なことについて聞かれ、調べるのに苦労した経験も多々ありますが、
新人時代に質問された知識のだいたい3割以上は、2次試験の勉強で得た知識の範囲内だった
ように思います。
また、独立後にコンサルティング的なことをときどき仕事としてやることもありますが、
そのさい、経営学の受験対策で学んだ知識がベースとしてあったおかげで、
より専門的な研究書を読んだり、クライアントへの提案を行ったりするに当たっても、
ずいぶんと助かりました。
つまり、2次試験で得た知識と情報収集のノウハウは、いろいろな場面で役立っています。
たしかに、受験生時代には大変な苦労をして勉強しますが、その時に得たものは、
思った以上に実務で効力を発揮しますので、「すべては合格してからも血となり肉となるんだ!」と、
前向きな気持ちを持って学習に取り組んでいただければ良いと思います。
カテゴリー:第05章 監査というお仕事
クライアントとの関係
資本金が5億円以上の大会社や、株式を公開している企業などは財務諸表を公表するに当たり、
商法・証券取引法といった法律によって、公認会計士の監査証明を受けなければなりません。
これは、大企業のように影響力の大きい存在が発信する重要な公の情報、
すなわち財務諸表が真実を表していないとすれば、それは多大な社会的損失になるので、
大企業に限ってはその財務諸表に信頼性を持たせるため、
専門知識を有する第三者のチェックを必要とするからです。
話は変わりますが、私たち監査人は、監査契約を結んだ企業のことを「クライアント」と呼びます。
つまり、「顧客」という意識が心のどこかにあるんですね。
具体的にいうと、3月決算の大企業ならば、6月に株主総会という事業年度の最終報告会議を行い、
株主総会が無事終了すれば監査業務も一段落します。
したがって、7月が新事業年度の監査契約のスタートとなります。
監査人は、監査契約に基づき、向こう一年間の監査計画を立て、監査を実施します。
そして、公認会計士の行う監査業務に対し、クライアントが監査報酬を支払うのです。
クライアント 監 査 人
報 酬
<監査契約>
監査業務
(公認会計士)
ここで、報酬をもらっている立場にあると、クライアントに対して厳しい態度で監査を実施することが
難しくなるのではないか、という疑問がわいてきます。
いわゆる「癒着(ゆちゃく)の関係」になりはしないか、という問題です。
この点、ある会社を担当する監査人が、第三者の公認会計士などから監査業務について
審査を受ける制度がありますし、万が一会社の不正を意図的に見逃したりした場合には、
「規律規定」に照らして公認会計士協会などから罰則を課されることになり、様々な角度から、
「馴れ合いの監査」にならないような仕組みが作られています。
また、最近は、社会の公認会計士に対する見方が厳しくなってきていることから、
ますます公認会計士業界全体に、自らを厳しく律するような意識が根付いてきています。
さらに、現場で監査業務を行っている立場からすると、クライアントは、
基本的に公認会計士の専門家としての指導をおおいに望んでおり、理不尽な要求をつきつける、
ということは現実問題、めったにあるものではないのです。
したがって、ニュースに取り上げられるような、何千分の一かの異例な事件はともかく、
たいていの場合は、世間で心配されるような癒着に陥らないよう、業界を挙げて厳しい態度で
監査業務に臨んでいます。
カテゴリー:第05章 監査というお仕事
実務補修所での研修
公認会計士2次試験に合格すると通常は会計士補に登録後、
すぐ実務補修所という会計士補のための学校に入学します。
私が合格した平成4年の頃は、だいたい週3回、夜の6時から8時くらいまで、
1年間の期間で補修がありました。現在では、仕事の合間に週3回はきついだろうということで、
週1~2回で2年間の補修期間となっています。
実務補修所は、いうなれば「公認会計士になるための基礎知識の学習場所」ということになるのですが、
これが会計士補には、あまり評判がよくない、というのが現状でしょう。
よく聞かれる理由は次のとおりです。
(1) 2年間にわたり週1~2回、6時に補修所の教室に間に合うように仕事を切り上げて行くのは、
会計士補のみならず、それに協力する監査法人や企業の側にも多大な負担を強いることになる。
つまり、5時くらいまでに仕事を切り上げさせるのは、現実問題として厳しい。
もちろん出張などの計画も、制約されてしまうことが多い。
(2) 1日働いた後だと精神的・体力的に消耗しており、疲れて集中できないことがある。
(3) 各教科の講義内容にレベルの差が激しく、中には実務に役立つかどうか
疑問のつく内容もあると思われる。
たしかに、ここに挙げたような不満の声も多く、
すべての補修内容が実務に完璧に役立つとは断言できません。
しかし、私個人としては、監査現場に補修所のテキストを持って行き、
これを大いに参考にさせてもらったこともありますし、ちょっとしたコンサルティング的な仕事を
するさいに引用させてもらったこともあります。
企業の実務に関する「幅広い基礎知識」を得るには、なかなか使える資料だと思います。
だから、補修所は面倒とも感じられるでしょうが、そこで配布される資料は取っておくと、
後で役立つことも多いですよ。
また、普段は他の企業にいる同業の人たちと顔を合わせる機会がないのですが、
実務補修所に行くと、まさにさまざまな立場の人が1ヵ所に集うわけですから、
そこでたくさんの知り合いでもできれば、いろいろと情報交換などもできる、
というメリットも見逃せません。
公認会計士になるためには、避けて通れない「実務補修所」、どうせ通うなら、
少しでも楽しみを見つけて、有意義に過ごした方が得だな、と思います。
カテゴリー:第04章 新人時代のジレンマ
受験生から会計の専門家へ
公認会計士の2次試験は、すでに周知のとおり、択一試験が5月、論文試験が7月にあり、
それらの激戦をくぐり抜けてきた合格者が、10月に発表されます。
いいかえれば、10月の合格発表を境にして、それまで受験生だった者が、
晴れて専門家の一員として認められることになるのです。
ここで皆さんに考えていただきたいことがあります。
「受験生と専門家の違いは何か?」
合格証書の有る無しでしょうか?もちろん、そういう形の上での区別も大事でしょう。
しかし、最も本質的な違いは、
「お金を払って知識を買う者」と「お金をもらって知識を売る者」の立場の違いなのです。
受験生は、合格するための知識を専門学校から提供される立場にあります。
いいかえれば、専門学校から見て「お客様」になりますから、多少乱暴な表現を許していただけるなら、
教室に座ってさえいれば、テキスト等の受験ノウハウが当然のように与えられます。
一方、公認会計士は、自分の持っている知識を提供して報酬を得るのが仕事です。
専門家として「商売のネタとなる知識」は、人から与えられるのを待っているだけでは、
いつまで経っても手にはいりません。誰も教えてはくれないのです。
もっと言うなら、クライアント(お客様)が「高い金を払っても欲しい!」と思えるような知識や情報を
1つ手に入れるために、専門家は、自分の手足を使い、
何十時間もの研究や工夫をしなければならないのです。
つまりは、「与えられた知識を要領よく消化する」のが受験生の努力目標なら、
「お客様に売れる知識を追い求め・自分の商売道具とする」のが専門家の使命なのです。
だから、私は、同じ「学ぶ」という行為であっても、受験生の立場なら「学習」といい、
専門家の立場なら「研究」と、敢えて呼び分けています。
受験生から専門家になるということは、「学生」から「研究者」になることだと、私は考えています。
カテゴリー:第04章 新人時代のジレンマ
地方出張の期待と不安
監査の現場にはじめて出てから半年ほど経った頃、最初の出張の仕事が入ってきました。
場所は四国です。
四国といえば「讃岐うどんと坂本竜馬」くらいの知識しか持ち合わせていませんでしたが、
ほとんど関東圏を出たことのない私にとっては、見知らぬ土地への期待でうきうきしていました。
当然飛行機に乗るのですが、これが私には生まれて初めての経験になります。
実は、当時の私は、どうしても「あの鉄の塊が空に浮いているのは信じがたい!」
という気持ちを変えることができませんでした。
だから、好奇心で飛行機には乗ってみたかったのですが、非常に恐怖心があったのも事実です。
しかし、監査人というのは、本当によく飛行機に乗る仕事だなあ、と当時は非常に感心しました。
多い時で、1ヶ月に3回くらい乗ったりしました。もちろんそれは地方出張が多いせいで、
やはり上場企業ともなると、全国津々浦々に支店や工場があるのですから、
当然そちらへ出向いて、きちんと会計業務が行われているかチェックしに行かなければならないのです。
おかげで、羽田空港と東京モノレールにはずいぶんとお世話になりました。
ある程度ベテランの公認会計士になると、出張は面倒になるようですが、
新人の会計士補にとっては、見るものや聞くもの全てが新鮮で、土地の美味いものは食べられるわ、
それでいて出張手当は出るわで、いいことずくめでした。
これは後で判明したのですが、監査法人に入所した頃は、健康診断でこれといって問題がなかったのに、
入所して3年目くらいから、血液検査の結果、コレステロールや中性脂肪、
それに肝機能を表すγ-GTPという数値がやたらと高くなってきました。
体重も、65㎏から75㎏まで増え、こりゃあさすがにやばいぞ、と危機感を覚えました
(参考までに、現在は入所時に戻っています)。
その原因の一端が、出張でカロリーの高いものを食べまくったことにあることは明白でした。
なお悪いことに、私の所属していた監査チームは4人ですが、
私を除く3人が50歳代で食事を控えていたため、何かとすぐ「柴山君は若いから、
俺たちの分もどんどん食べてよ!」といわれ、私も勢いから「ごっつあんです!」などと
調子に乗って残らず平らげていたものです。
入所4年目の頃には、真面目に、「このままでは成人病3大疾患コースまっしぐらではないか」
と危機感を覚えていました。
ここまで読むと、「美味いもん食いすぎて成人病が心配、というのが地方出張の不安かいな」
と立腹されるかもしれません。たしかに個人的にはそれも少しあったのですが、仕事面での不安は、
何と言っても「最終日の講評会」でした。
たとえば、4泊5日の予定で月曜日に事業所へ行ったとしましょう。
その週は監査のため、いろいろと調べるのですが、その結果をまとめて、
最終日である金曜日の午後4時とかそれくらいの時間に、事業所の経理関係者を集めて、
「講評」するのです。具体的には、監査で発見された問題点や改善すべき点などについて
担当分野ごとに発表していくわけです。
これは緊張しますよ!場合によっては、30人くらいの会社関係者がずらりと並び、
それらを前にして、有名人の記者会見さながらに、1人ずつ監査人として結果報告をするのですから。
ここで、うっかり特定の会社担当者にとって都合の悪いことを口走ろうものなら、
強烈な抵抗にあって、ぼこぼこに反撃されてしまうこともあります。
また、専門家としての適切なアドバイスが聞けるだろう、と皆が期待しているものですから、
1週間して何も指摘ができなかったりすると、「1週間も専門家の方が見たんだから、
何か1つくらい指摘して頂かないとねえ…」と皮肉が飛んでくることもあります。
しかし、いい面もあります。たしかにこの最終日の講評会は、かなりのプレッシャーがかかり、
非常に憂鬱ですが、今思うと、あれは人前で自分の考えを要領よく話す
格好の訓練になっていたことに気付きます。また、何か指摘できることを真剣に探そうとすれば、
自分なりに会社の業務や会計監査の基礎理論について深く研究することになり、
結局は自分の知識や経験が多く身に付くのです。
そんな、いろいろな教訓を与えてくれる地方出張は、私にとって貴重な社会経験および実務経験の場でした。
カテゴリー:第04章 新人時代のジレンマ
「先生」と呼ばれることの歯がゆさ
監査の現場に出ると、1日に3回以上は、会社の人から「〇〇先生」と呼ばれます。
これは、会計士補であっても、です。
はじめのうち、私は、この「先生」という響きが好きでした。
やはり、正直言って自尊心をくすぐります。しかし、そんな甘い気持ちは、間もなく消えてしまいました。
公認会計士2次試験では、会社の経理実務に関することまで問われませんので、
当然そのあたりの知識は全くありません。それでも人は私たちを「先生」と呼びます。
そして、「先生」、つまり先を生きているはずの人間である以上、
会社の人に知識面で遅れを取ることは、本来ないはずです。
このあたりのギャップが、とてもいやに思えた時期がありました。
「すみません、このあたりの実務について教えていただけますか?」
「わかりました。それじゃあ柴山先生、簡単なところからご説明いたしますね。」
こんなやりとりが時々ありました。教わりっぱなしの先生とは、何とも情けない話だ、
などと思いながら……
そういえば、2次試験の受験生時代に、こんな笑い話を聞いたことがあります。
ある会計士補が、売上取引の監査手続を行うため、会社の人に尋ねたそうです。
「売上代金として回収した約束手形などは、どこにありますか?」
「はい、当社の金庫に保管してあります。」
「そうですか。それでは金庫の中にある手形を拝見させてください。
あ、それから売掛金(未回収の売上代金、『飲み屋のつけ』もその一種です)も一緒に見たいのですが……」
「はあ?」
まるで漫才のような話です。
手形というのは、現物の証券ですから金庫にあるでしょうが、
『売掛金』というのは、いうなればあとで代金をもらう約束ですから、それを目で見ることは不可能です。合格率6%そこそこの難関試験を突破したまでは良かったのですが、
売掛金に何か形があるのかどうか、というあまりに当たり前のことは、
深く考えずに勉強してきたのですね。
今のは余談ですが、ある時期、特に自信がもてない新人の頃は、
実力と「先生」という呼び名とのはざまで居心地の悪さを大いに感じることがあります。
そうはいっても、「私を『柴山さん』と呼んでください!」とはカッコ悪くて言えません。
そこで、私は途中でこう考えることにしました。
会社の人に先生と呼ばれたからといって、全てにおいて格好をつける必要はないんだ。
会社の実務は謙虚に教わりながら、その一方で、自分が2次試験で身につけた会計・法律・経済
・経営に関する知識を活用することで、「先生」と呼ばれることに対して面目を保っていけばいいじゃないか。
このことは後でもう一度ふれますが、受験生時代の猛烈な勉強は、決してムダではありません。
その点については大いに自信を持って現場に臨めばいいのです。
カテゴリー:第04章 新人時代のジレンマ
専門家たる前に社会人たれ!
新人の頃、上司の先生に何度も聞かさせた言葉は、「専門家たるまえに社会人たれ!」でした。
わたしの最初の上司だったN先生は、とてもユニークなキャリアの持ち主で、
大学卒業後は長らく営業畑を歩いていました。
公認会計士2次試験を受験したのは30歳半ばだったそうです。
合格後は個人の税務事務所にも勤め、様々な会社経験をされていました。
そのためもあってか、確かに他の公認会計士の方々とは、雰囲気が違ったのです。
一番に目を引いたのは、何と言っても胸ポケットのハンケチです。きちんと3つに折って、
行儀良くポケットの上から顔がのぞいていました。
さらに、(本来なら当たり前なのでしょうが)スーツは常にパリッとしていて、
ズボンには折り目がついています。背広もしわになっていません。
当然、ワイシャツの腕にも折り目がつけられ、袖のカフスポタンがきらりと光っています。
そういえば、靴も常にピカピカでした。
もちろん、他の公認会計士がダサい、といっているわけではありません。お洒落な人もいっぱいいます。
ただ、どちらかというと「相手に対してどう自分を演出するか」というテーマには、
それほど強い関心を持っていないのが、平均的な公認会計士の意識だと思います。
その中にあって、「ビジネスマンとして、仕事の相手に自分をどう良く見せるか」ということを強く
意識されているのが、そういうことに鈍感な私でさえ気付くほど、体全体で表現されていました。
N先生が「社会人たれ」というのは、主に次のような理由からでした。
① ビジネスには、お互いの信頼関係が大事である。それには、必要最小限の約束事を守り、
相手から信用されるようにならなければならない。
② 人から「先生」と呼ばれることに慣れてしまうと、いきおい自分を何か偉い者のように
勘違いしてしまいがちである。人間、たとえ無意識にであっても、
慢心した時点で進歩が止まってしまう。そこで、専門家である前に、
ただの1社会人であることを強く自覚することで、常に謙虚さを失わないことが大切となる。
③ 一般の企業に勤める社会人の方たちと比べて、きちんとビジネス・マナーを学ぶチャンスが
極めて少ない。だから、より一層強い意識を持って自発的に身に付けないと、世間ずれした人間として、
ずっと年を重ねてしまう危険がある。
たしかにそのとおりです。これはうわさ話なので真偽のほどは不明ですが、
こんなことがあったそうです。
ある時、公認会計士2次試験に合格したばかりの会計士補が、監査先の会議室で作業をしていました。
ちょうど入口に背を向ける形で椅子に座っていました。
そこへ、新任の経理担当の方が、初対面のあいさつにやってきたのです。
「はじめまして、〇〇です。今後ともよろしくお願いいたします。」
そういって、名刺を差し出そうとしたのですが、当の会計士補君は振り向きもせず、
背中越しに名刺を受取り、あいさつもそこそこに作業を黙々と続けていたそうです。
ここまでひどくはないにしても、たとえばクライアント(得意先)に社外文書として郵便物を送るときの
宛名であるとか、同封する書類送付の案内文の書き方とか、
あるいは月曜の朝一番に電話を掛けるのは朝礼などの妨げにならないよう原則として遠慮するとか、
相手に失礼のないような行動を求められることが多々あります。
これは、各自の意識の問題で、良くも悪くもなるものです。もっと言うなら、監査という仕事は、
相手の協力がないと全く成り立たないものです。
たとえば、頼んだ資料をすぐに出してくれなかったり、重要な事実をわざと教えてくれなかったり
されると、仕事に大きな支障をきたしますし、日程だって、
相手がなかなかこちらの都合にあわせてくれない時などは、スケジュール調整に苦労します。
これも、相手との信頼関係のあるなしで天と地ほども変わってきますので、
やはり、お互い気持ちよく仕事を進めていくうえで、
社会人としてのマナーは意識して身に付けなければなりません。
カテゴリー:第04章 新人時代のジレンマ
「会計士補」という立場
公認会計士2次試験に合格した時は、厳密には「会計士補になる資格」を得たに過ぎません。
このあと、公認会計士協会に行って、所定の手続を行い、
さらに十万円以上の登録料を払ってはじめて「会計士補」になることができます。
それでは、「会計士補」とは、どのような地位なのでしょうか。
会計士補には「公認~」という頭の文字が無いことからもわかるように、
まだ公には会計士としては認められていません。したがって、
独自の名前で監査証明を出すことはもちろん、税理士業務を行うこともできないわけです。
これはまだ、実務経験や専門的知識がまだ不足していることを考えれば、
いたしかたないことといえるでしょう。
しかし、監査法人や個人会計事務所で補助者として業務を行うことにより、
同年代の一般企業の新入社員よりは1.5倍くらい良い報酬をもらい、
「先生」と呼ばれて仕事をすることができます。
また、世間ではあまり「公認会計士」と「会計士補」の違いを知らないせいか、
「2次試験合格=公認会計士」のようなイメージが強いらしいので、
何かと羨望の眼差しで見てもらえたのは、とても快感でしたね。
逆にいえば、まだ、それなりの責任を背負って仕事をするには、
もう少し知識と経験が必要な時期として、猶予期間を与えられたようなものです。
だから、この時期は、少しぐらいの失敗は恐れず気にせず、
目いっぱい研究(専門家のはしくれなのですから、「勉強」とは私は言いません)と
仕事に打ち込めばいいのです。
会計士補時代の3年間における、実務の取り組み方と研究の量によって、
その後のキャリアに大きな個人差がでます。なにごとも「はじめが肝心」なのです。
私も、監査の現場に出てはじめて、「ああ、人間、一生学び続けなければいけないんだな……」と強烈に実感しました。
カテゴリー:第04章 新人時代のジレンマ
初めて現場に行った日
念願の2次試験突破を果たし、やっと「会計士のタマゴ」になることができました。
他の合格した受験仲間の大部分がそうしたように、
わたしも、大手監査法人に就職することとなりました。
「これでやっと社会人になれる」
ようやく人生のスタートラインに立てたような気がして、毎日が夢心地でした。
10月中旬、わたしは国内部門に配属されました。
その後、あしかけ2週間の新人研修を経て、11月の初旬に初めての現場へでることが決まったのです。
初出勤を翌日に控えた夜のことです。母から電話がありました。
術後順調に回復したため、退院の許可をもらった、との連絡でした。
そのことを聞いた瞬間、一つ肩の重荷がおろせたような気分になったのを、今でもおぼえています。
「それでね…」
母が、言いにくそうに言葉を飲み込みます。
「なにか問題でも?」
「実は、これまでの入院費の未払い分、20万円近くを支払わないと、退院できないんだって。
ちょうど手持ちが今、なくってねえ。困ったよ」
20万円といえば、つい昨日まで無職同然の身だったわたしとしては、大変な金額です。
「まだ、給料日は先だしなあ…あ、そうだ。
そういえば、大学時代に作った〇×デパートのキャッシュカードで、
ちょうど20万円まで借りれたはずだよ。とりあえず、それで入院費を払おう」
あまり気が進まなかったのですが、背に腹はかえられません。
退院が延びれば、それだけ余計に入院費がかかります。
「悪いね。仕事をまた始められるようになったら、いずれ返すから」
母は、とてもばつが悪そうでした。
あくる日、いよいよ初出勤の時が来ました。
その日は朝からどんよりと雲が垂れ込め、今にも泣き出しそうな空模様でした。
わたしが所属することとなったチームは、4人で構成されていました。
おもしろいことに、他の先生方は3人とも50歳以上の方で、わたしにとっては、
親父が3人いるような、なんだか妙な感じでした。
朝は、往査先となる会社の最寄の駅に9時30分集合の予定でした。
初めてのことなので、ここはやはり早めに行くべきだろうと、
待ち合わせ時間の30分前に、到着しました。
それから20分ほどして、一人、また一人と公認会計士の先生がやってきます。
9時30分ちょうどになって、最後に、パートナー(役員)のN先生が到着しました。
「柴山君、今日からしっかり頼むよ。じゃあ行こうか」
N先生に続いて皆が歩き出そうとした時です。
「N先生、ちょっとすみません」
「どうした?」
「いや、実は…ちょっと緊急の用事で、キャッシュカードをつかえる場所を探しているのですが、
先生、この近くにあるかご存知ですか?」
N先生は、さすがに少々驚いたらしく、わたしの目をまじまじと見ていました。
「なんだ。いきなり金欠か?まあいい。
俺も若い頃は金がなくて、給料の前借りや質屋通いで苦労したもんさ。
キャッシュコーナーならあそこの角にあるよ。でもまあ、遊びもほどほどにな」
まるで、わたしが浪費ざんまいの挙句、金に困っているように勘違いされてしまいましたが、
言い訳をする気にもなれず、そそくさとお金を引き出しに行きました。
初めての現場に向かう記念すべき日に、いきなり20万円の借金…
人生、なかなか思い通りには行かないものです。
カテゴリー:第04章 新人時代のジレンマ
商法
合格レベルに持っていくのが、最も遅れた科目です。
それまで、法律について考えたことなど全くなかったものですから、
はじめはどうやってこの科目と付き合ってよいものか、皆目見当がつきませんでした。
それにも増して、わたしがこの科目を苦手にした最大の原因は、
条文がすべてカタカナで表記されている点です。
情けない話ですが、勉強をはじめて最初の半年は、条文のカタカナ言葉を見るのが、
苦痛でたまりませんでした。
「この平成の世の中に、何でいまさらカタカナ言葉なんだよ!明治の時代じゃあるまいに…」
などと、仲間に愚痴をよくこぼしていました。
そんな私に一筋の光明を見出させてくれたのは、1冊の参考書でした。
それは、白露社の「会社法講義」という問題集です。
私が一番気に入ったのは、とにかく「本が薄い」、「字が読みやすい」、「表現が分かりやすい」
その3点です。
こうして見ていくと、私の受験対策上、「薄い本を数多く繰り返す」、というやり方は、科目を問わず、
非常に有効的だということが、わかります。
どんな本でも、いったん読破すると、ある種の自信が湧いてくるんですね。
案外、その自信が大事なのかもしれません。
白露社の「会社法講義」は、まず2回通読しました。そして、苦手な論点だけ、あと1回繰り返したのです。
このやり方が、みなさんに向いているかどうかわかりませんが、
やはり演習形式の薄い問題集を読破することは、とても大きな相乗効果をもたらすと思います。
そして、この本をいちおう3回程度繰り返した後に、商法全体で、
重要と思われる用語をノートに書き出し、「定義集」なるものを作ってみました。
分量は、だいたい1ページ20個×10ページ=200ぐらいピックアップして、1ヶ月くらいの間、
通学の電車の中で、覚えようとはせずに読み流しました。
あとで考えると、この勉強は、論文式の答案作成に大いに役立ちました。よかったら、試してみてください。
以上が、私が受験生時代に工夫した勉強方法です。
読んでみてお分かりいただけたかと思いますが、
どの科目も、決してはじめから順調に行っていたわけではなく、
むしろ、いったんは挫折しかけた科目の方が多かったのです。
あとは、「絶対に受かるんだ!」という執念と、「なんだ、分かってくると面白いじゃん!」という
学ぶ快感を知ったことが、受験時代の私を支えていたのだと思います。
どんな合格者だって、みんな、「はじめは初心者」なのです。
一生懸命、創意工夫して楽しく努力すれば、必ず道は開けるはずです。
明るく、楽しく頑張ってください。
カテゴリー:第03章 私の科目別勉強法
経済学
私が受験した当時は、必修科目だったので、誰もが必ず勉強しなければなりませんでした。
それでいて、「数学があるからいやだ」、とか、「理論が高尚過ぎて全然理解できない」という、
悲痛な声が周りでよく聞かれました。
もしかすると、選択科目となった現在では、この科目を選ばない人が案外多いのかもしれませんね。
さて、私はというと、正直、得意な科目でした。答錬では、成績優秀者の常連でした。
そして、この理論は、やはり社会に出てから役に立っています。
だから、受験科目として選択しなかった人でも、ぜひ、合格後は基礎理論を学習してみてください。
次に、私の学習法です。経済学については第2章「公開模試で合格確実」のところでも述べています関係上、
ある程度の重複があるかもしれませんが、ご容赦のほどを。
まずはじめに申し上げておきたいのは、「数学が苦手な人でも、経済学で高得点を取れる!」
という事実です。
だいたい、私自身が「微分積分」や「行列」については、まったく高校時代に勉強せず、
数学は赤点とりまくりの状態だったのですから……(実際は、受験対策上、数学が必要な論点は意外に少ないですよ)
では、どうやって得意科目にしたかというと、まず、マクロ経済学、ミクロ経済学ともに、
ひととおり基礎講座の講義が終わった頃、薄い問題集を購入しました。
問題数は、どちらもだいたい120題程度のものです。
そして、できるとできないとに関わらず、とにかく強引に3回ずつ繰り返しました。
その間、約1ヵ月ほどです。
1回目に通した時は、悲惨でした。なにしろ、全問題の20%も正解できないのです。
「こんなんで、大丈夫かいな?」
いくら楽観的な私でも、さすがに勉強方法が間違っているのではないか、といささか心配になりました。しかし、いったんはじめた以上、結構頑固者の私は、ダメもとで2回目、3回目と、
わからないところはどんどん飛ばして問題を解きまくったのです。
すると、2回目の後半あたりから、面白いことに気付いたのです。
「あれ?この考え方、ちょっと前にも見たことあるぞ!」
何となく、似たような思考プロセスが、あちらこちらで目に入ってきます。これはどういうことでしょう。
上手くはいえませんが、科目全体を貫く「思考パターン」あるいは
「底辺に流れる大きな制度趣旨」のようなものを、少しずつ実感として身に付けていたからではないでしょうか。
たとえばミクロ経済学なら、それは「財の価格をどうやって決めるのか?」という
全てに共通する問題意識があります。
それを財の供給者である企業の側、あるいは財の需要者である個人の側で、それぞれの立場から、
少し計算手順を変えて考えているだけだ、としたらどうでしょう。
要は、「科目の全体像を実感として理解し始めた時」に、急激な進歩を実感するのです。
そして、それから少し遅れて、その実感がテストの高得点として、表面に現れてきはじめました。
こうなるともうしめたものです。
あとは、「やればやるほど理解が進むから楽しい!」という状態になります。
3回目の解き直しが終わる頃には、「ああ、これで経済学は大丈夫だな」と、確かな手ごたえを感じました。
これは受験勉強に限らないことですが、生身の人間である以上、何かを学ぶという努力は、
「根性」や「気合」だけでは続きません。
一番大事なことは、何よりも、「できる」「わかる」「もっと知りたい」という、
小さな達成感と旺盛な好奇心を持ち続けることなのです。
そういう意味では、経済学は、勉強の原点を私に教えてくれた、貴重な試験科目といえます。
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経営学
現行の試験制度では、経営学・経済学・民法の中から2つ、
選択して受験するという仕組みになっています。
この点、わたしが受験した平成2年~平成4年は、まだ民法という選択科目が導入されていなかったので、
どの科目で受験するか、ということで悩まずに済みました。
ところで、3つのうちからどれを選ぶか、という問題でいきますと、
おそらく「経営学と経済学」の組み合わせが最も多いのでしょう。
民法は、条文数も1,000以上ありますし、必要な勉強量も多大でしょうから。
もちろん、それまで民法をある程度学習していて、逆にとっつきやすい、
という方には、民法を選択するメリットはあると思います。
ただ、経営学は、勉強量が少なくて済む、という特徴もさることながら、
実際に合格してから公認会計士として仕事をする上で、
かなり経営学の知識に助けられた部分があるので、
やはりこれを受験勉強からはずすのはもったいないような気がします。
誤解をおそれずに言いましょう。公認会計士が仕事をする相手は、多くの場合、上場企業、
あるいはそれに近い極めて大規模の企業です。
そして、話をする相手も、現場の職員だけでなく、ある程度ビジネスマンとしてのキャリアをつんで、
企業経営に関心のある役員だったりすることがかなりあります。
そんなときに、経営管理の理論について、全く知識がないというのは、致命的です。
会話が成立しないのです。
また、公認会計士の専門領域には、監査業務のほかに、
コンサルティング的な業務も重要な柱として存在します。
経営学を全く知らない人間に対して、高いお金を払って経営アドバイスを求める社長さんが、
どこの世界にいるでしょうか?
ややオーバーに言ってしまいましたが、経営学の知識は、企業財務のスペシャリストとしては、
必須の知識です。どうせ勉強するなら、受験勉強という絶好の機会に一気にやっておきましょう。
仮に、受験時代に勉強しなかった人は、合格後、独学でいいから、しっかり学習しましょう。
さて、試験対策の話です。
経営学は、研究の対象として考えると領域はとても広いのですが、基礎知識を除けば、
試験委員の先生によって得意分野がある程度限定されるので、
勉強方法についてそれほど神経質になる必要はありません。
どの本にも書かれているような業界の常識的な話をひととおり学んだら、
試験委員の代表的な著書を1~2冊ずつ読んでおけば、知識としては十分でしょう。
わたしは、当時試験委員だった先生の本を、3回通して読みました。
読物として見れば、1回3~4時間くらいで読破できますよ。
ただ、この点でも、専門学校のほうで事前に試験委員対策の資料を作成し、
要約の形で資料を配るでしょうから、それでも不足はないかもしれません。
わたしは個人的に好きな科目だったので、楽しんで本を読みました。
経営学の勉強は、割と早く一巡します。
「広く浅く」を合い言葉に、だいたい50~60時間くらいで2回程度回してみてください。
あとは40~50時間くらいを答案練習にあてれば、それで合格ラインにおおむね届きます。
これはわたしの経験です。
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監査論
「監査」という仕事は、いわば公認会計士の「独占業務」です。
この、公認会計士にとって最も重要な職域に関して学習するわけですから、
もちろん合格後も大いに役立つ知識となります。
監査論の骨格となる資料は、「監査基準」という規則です。条文数はそれ程多くありませんので、
重要な表現は暗記するつもりで、何十回も読み込む必要があります。
また、この試験科目は、経営学とならんで合格に必要な知識が少ないことから、
短期間で、ある程度の点数が取れるようになれます。
わたしが受験にさいして行った対策は、正直言って全受験生の中でも
きわめて平均的なものだったと思います。
なお、受験生活1年目の頃、まえにも紹介した東大君が、
監査論のテキストを片っ端から修正液で白く塗りつぶし、
100ページ以上もあるテキストをおしろいのようにまっ白けっけにして、
全ての文章を暗記しまくっていたのを見た時は、「ここまでやるかい!」とあきれ果ててしまいましたが……
結局、合格してみてわかったのは、「監査論に関しては、人と同じことをやっておけば十分である」
ということです。わたしは、試験委員の先生の本を一切読みませんでした。
あくまで「基本が大事」なのです。
さて、話は監査基準の学習に戻りますが、できれば条文だけでなく、
その前に掲げられている「監査基準の設定について」という前文も、10回以上熟読してみてください。
答案で使えるおいしい表現がたくさん盛り込まれていますよ。
答錬で高得点を取る人は、このあたりの表現の使い方が上手いんです。よかったら、お試しあれ。
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財務諸表論
財務諸表論は、企業の会計記録や会計報告という行為について、
理論的に考察することを目的とした学問です。
理屈っぽい話がたくさん出てくるので、細かい論点に入れば入るほど、
頭の中がごちゃごちゃしてしまいがちになります。
個人的には、財務諸表論は好きな科目でした。
だからといって、それほど答練で高得点を取れたというわけではないのですが……
これは、あくまで一般論ですが、効率よく2次試験を突破しようとするなら、
財務諸表論は「深入りしすぎない」程度にまんべんなく知識を集めるのが得策のようです。
ポイントは、「基本原則を押さえること」です。
試験にでるのは例外的または応用的な論点に関することが多いのですが、
それはあくまで「基本を知っている」うえでのことなので、
まずは「何が原則的な考え方なのか?」を常に意識して学習しましょう。
<財務諸表論の思考プロセスの一例>
ある取引 → 原則的な処理 → 例外的な処理
(基本原理) (状況に応じた修正)
使用するテキストは、おおむね専門学校のテキストと「会計法規集」で十分でしょう。
受験生のうちは、あちこちの本に手を出さないことです。かえって不安になりますから。
なお、試験委員の著書は、あくまで補助教材と考えておくといいです。
あとは、数多くの演習を経験し、「論文を書くこと」に慣れておくことが肝心です。
参考までに、私が初期の頃、財務諸表論でよく実行した学習法を以下に紹介しておきます。
(1) 会計法規集の「企業会計原則」と「注解」をコピーしておく。
(2) それを電車の通学時間に読む。重要な箇所は何度も下線を引く。
これにより、財務諸表論の基本原則である「企業会計原則」をかなり覚えることが出来ました。
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原価計算
苦手とする人が多い、「嫌われ者」の試験科目です。
原価計算で高得点を取れない人の状況を観察してみると、
だいたい次のような悩みを抱えているようです。
(1) 商業簿記と違って、日常生活とは直接かかわりのない製造活動に関する話なので、
具体的なイメージをもちにくい。
(2) 計算手続や理屈が一見複雑そうなので、学習意欲がなかなか沸かない。
要するに、「とっつきづらい」という先入観からくる「食わず嫌い」が多いのが、
この科目の最大の特徴です。
今思えば、私も受験勉強をはじめた頃は、ずいぶんと苦労しました。
実を言うと、原価計算を好きになれるかどうかの大きなポイントとして、
自分が初心者の時に出会った講師との相性のよさが、かなり影響します。
この点、私は不運でした。
はじめての授業のとき、全くわからない専門用語が、たいした説明もなしにどんどん出てきました。
あれよあれよという間に、気がつくと消化不良のまま講義終了の時間を迎えてしまいます。
そのくりかえしで、いいかげんいやになっていたとき、だめ押しのような出来事がありました。
原価計算の勉強をはじめてから3ヶ月経ったころ、秋からスタートした早朝答練を受講したのです。
本来なら、ひととおり原価計算の学習を終えた上級者向けの答案練習会だったのですが、
少しでも早く本番形式の学習をしたいと考え、友達と一緒に申し込みました。
第1回目の結果は今でも忘れません。等級別総合原価計算という分野からの出題でした。
一応の勉強は講義でしてきたつもりでしたが、何せ講師との相性が最悪だったため、
きちんとした理解を全くしていません。
結果は……見るも無残な0点でした。
これで決定的に苦手意識をもってしまい、「このままでは絶対受からない!」という強い危機感を覚えました。
そこで、ここはとりあえず、自力で何とか遅れを取りもどそうと、得意の特別企画を考えました。
その内容は、簡単にいうと次のようなことです。
日商2級
工簿
テキスト 2回読破!
(1)書店に行って、1番薄い日商簿記検定2級の工業簿記の参考書を1冊購入する。
(2)1週間と期限を定め、工業簿記の参考書をざっと2回通読する。
やったことはこれだけです。
しかし、その効果は絶大でした。
その時を境に、工業簿記を、自信をもって学習することができるようになり、それ以降のテストでは、
合格直前まで1度として平均点を下回らなくなりました。
上級答錬ではしばしば成績優秀者に名前が載ったほどです。
ポイントは、「早いうちに期限を決めて一気に終わらせること」です。
それにより、「原価計算、あるいは工業簿記というのは、
たいていは①材料の仕入→②加工→③完成→④販売のワンパターンだったんだ」と、
自分なりに全体像を把握することに成功したのです。
原価計算は、みんなが思うほど学習する内容も多くない、
それなのにとっつきづらいとされている「おいしい科目」です。
細かい枝葉の話はとりあえずどんどん飛ばしていいですから、
2級レベルの工業簿記を理解するところからはじめてみて下さい。
きっといいことがあるはずです。
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商業簿記
公認会計士という仕事が、企業財務に関することを中心に扱う以上、
最も必要不可欠な知識といえます。
したがって、この科目の学習をおろそかにして、2次試験の合格は絶対ありえません。
商業簿記について、受験勉強開始の段階では、私は全くの素人でした。
大学の時に一般教養で「会計学」という科目を受講しましたが、
年間で授業に出たのはたった2回でした。
しかもそのうちの1回は授業が半分も終わらないうちに抜け出すような有様でしたから、
実質は「1年で1.5回」しか出席していません。
それでも、毎年同じ試験問題しか出ない期末テスト1回をクリアーすれば単位が取れたのですから、
大学時代は、ろくに勉強もせず、楽をしていたことがよくわかります。
そんな状態でしたので、初めて簿記のテキストを開いた時は、宇宙語のような意味不明の業界用語、
いや専門用語のオンパレードに辟易したものです。
簿記というのは、日々繰り返される企業の取引を「仕訳帳」、「(総勘定)元帳」という2種類の帳簿に
記録する手続が基本となります。
この帳簿記録をもとに、企業外部の人達に企業の財務状況について報告することになるわけです。
<簿記の手続>
(企 業)
取 引 仕訳帳 ⇒ 集計・報告 株主・銀行・税務署
元 帳 など、外部の関係者
上記のような簿記の手続の特徴を踏まえて、次に簿記の学習プロセスを示してみましょう。
<簿記の学習プロセス>
ステップ1.個別取引の学習
日々の学習において、1つ1つの取引につき、以下の(1)~(3)の手順を踏むと効果的です。
(1) 対象となる「取引」について、十分理解する。
① それがどんな内容の取引か?
② なぜそんな取引があるのか?
③ その結果、企業の財産にどういう影響を与えるのか?
(2) その取引をどのように「仕訳」するのかについて、理解する。
① 仕訳の方法は1つか、あるいは複数あるのか?
② その結果、企業の財産に与える影響はどう表現されているのか?
(3) 「取引」と「仕訳」の方法を理解したら、練習問題を繰り返し解く。
ステップ2.総合問題の学習
ある程度個別取引の学習が進んだら、総合問題に取り組みましょう。
私の経験から、簿記を一気に得意科目にするための特別プロジェクトを、こっそり(?)お教えします。
(1) いろいろな分野から、広く浅く基礎的なレベルの総合問題を10題程度選び、最低4回以上解く。
(2) 4回解いて3回以上満点を取れた問題は卒業とする。
(3) 卒業できなかった問題は、繰り返し解き直す。
(4) その後、2回続けて満点を取れた問題も、順次卒業とする。
(5) 以上を繰り返し、10題全て卒業したら、本プロジェクトは終了!
以上が、「商簿克服大プロジェクト」です。
もちろんこれはあくまで特別企画ですが、普段の勉強であっても、「標準レベルの問題を繰り返し解いて、
解答手順に習熟する」というスタンスはしっかり持っておきましょう。
本番の試験では、初日の1番初めに当たる科目です。
この商業簿記の出来が以降の試験の行方を左右する、といっても過言ではありません。
少なくとも、苦手ではないといえる程度には、実力をつけておきたいものです。
カテゴリー:第03章 私の科目別勉強法
大手町の長い1日
3度目の合格発表の日がやってきました。
私は、この年、初めて合格発表の前日にぐっすり眠ることが出来ました。
特に感慨のようなものはありません。結果をみて、吉と出れば公認会計士への第1歩、凶と出れば、
同期の人間に3年ほど遅れて、勤め人になるだけのことです。
こういう心境を、「腹をくくった」と言うんでしょうね。
ともあれ、いつもより早い朝食をとり、通勤ラッシュにもまれながら、都営三田線の大手町駅を目指しました。
駅を降りると、やはり受験生らしき人の姿がちらほらと見えます。
彼らは、どんな思いで出口へと続く階段を上っているのでしょうか。
一歩一歩上っているうちに、ふと、それが合格へと続く道のように思えました。
「よく頑張ったね。そろそろ向こう側に行ってもいいよ」
神様からそう言われているような、不思議な心持でした。
合同庁舎の1階に着きました。まだ9時前です。発表までは少し間があります。
窓の所に寄りかかり、しばし外をボーっと眺めていました。
せわしげに人々が目の前を通り過ぎます。
彼らにとっては、今日という日は、昨日の続きであり、いつもと変わらない1日なのでしょう。
私や他の受験生にとっては…やはり特別な、人生の方向を決める1日になります。
ロビーにいる人の動きが慌しくなりました。どうやら、そろそろ合格者が発表されるようです。
エレベーターに乗り、発表場所へと近づいていきます。
目的地に到着し、皆が一斉にエレベーターを降りました。
掲示場所には、まだ合格者名簿は張られていません。
そこには、狭いスペースに何人もの受験生がひしめき合っています。
やがて、係の方が、合格者を掲示するべくやってきました。かたずを飲む瞬間です。
人だかりが静まり返ります。時が止まったようでした。
合格者が掲示されました。しかし、目の前は混雑していて、容易に近づけません。
仕方がないので、少し人が減るのを待つことにしました。
3~4分もすると、何とか割って入れそうな状況になりました。
掲示場所に歩み寄る途中、ガッツポーズをするもの、ハンカチで目を拭うもの、
明暗さまざまに私のそばを通り過ぎていきます。
「あった!」
自分の名前と受験番号を見つけました。
不思議と気持ちは穏やかです。
「とりあえず、もう2次試験の勉強をしなくて済むんだ」
それが最初の感想でした。
どこをどう通ったかは覚えていません。気が付いたら大手町の駅の改札前にいました。
公衆電話が目に入ったので、まずは入院中の親に連絡を入れました。
「おめでとう。これで病気も早く治るよ」
とにかくこれで、少しは親も安心してくれるでしょう。
やはり、肩の荷が下りた感じです。
私は、家に戻ると、また少し眠りました。
ずいぶん長く感じましたが、まだ1日の半分も終わっていないのでした。
カテゴリー:第02章 世捨て人と呼ばれて
人事を尽くして天命を待つ
図らずも、私が公認会計士2次試験に3度目のトライをしている時、母のガンが発覚しました。
すぐさま入院し、運良く無事手術を終え、3日に1度ほどの見舞いの日々を送っているうちに、
あっという間に9月となりました。
この頃、私が没頭したのは小説です。内田康夫さんの「天河伝説殺人事件」を一晩でいっきに読みきり、
それから1ヵ月の間に26冊の本を読み漁りました。だいたい1日に1冊のペースです。
受験生活が始まって3年目に、はじめて心穏やかに日々を過ごせたのがこの時でした。
結果はどうあれ、これが最後の受験です。
「人事を尽くして天命を待つ」
そんな心境に至ったのは、それまでの人生で2度目です。
1度目は、大学3年生のときでした。
当時、私は大学で、クラシックギターのサークルに入っており、
3年生の冬に、定期演奏会で独奏を演じる、という機会をもらいました。
曲目は、パガニーニ作曲の「カプリス24番」という、もともとバイオリンの曲です。
実のところ、1年前からその曲に取り組んでいながら、力不足もあり、
私にとってはあまりに難しい曲だったため、1度としてまともに最後まで弾きとおすことが出来なかったのです。
その状態は、前日のリハーサルでも変わりませんでした。
曲の途中で2度3度と止まってしまう私を、60人余りの部員は、心配そうに見つめます。
そして本番。もう待ったなしです。
私の属する年代は、「第22代」といわれ、それまでに20年以上続いていた歴史があります。
過去に独奏を演じた先輩方は、プロ顔負けの堂々たるメンバーばかりです。
もしかしたら、ギタークラブの歴史に汚点を残すかもしれない、と正直ビビっていました。
頼れるのは、前日まで1ヵ月、1日8時間以上練習し続けたという事実と自分の腕だけです。
本番直前、足が震えていました。ステージの脇から客席を見ると、100人ぐらいでしょうか、
観客が息を潜めています。
いよいよ、私の出番がきました。
アナウンスにうながされ、まだ1度も完走したことのない難曲に挑みます。
舞台の真ん中に、ぽつんと1つだけ、椅子が置いてあります。
そこに腰掛けると、こちらを照らすライトがまぶしく、観客席の様子が全く分かりません。
これは、私にとって非常にラッキーでした。
「そこには、私一人しかいない」
そう思い込むことが出来たのです。
次の瞬間、頭の中が真っ白になりました。
指が自分の意思を離れて、まるでそれ自身が生きているかのように、
なめらかに曲をなぞっていきます。私はただ、それを眺めているような、
不思議な感覚にとらわれていました。
もし、「無我の境地」というのがあるとしたら、あれがそうだったのかもしれません。
今でも夢のような15分間でした。
その時、初めて途中で止まらずに「カプリス24番」を最後まで弾けました。至福の瞬間です。
「人事を尽くして天命を待つ」
その言葉を最初に噛みしめたのは、演奏が終わった時でした。
カテゴリー:第02章 世捨て人と呼ばれて
3度目の正直と母のガン宣告
面白いもので、人間、自分自身に期限を区切り、本気でそれを守ろうとすると、
同じ努力でも格段の効果が得られるものなんです。それを3年目に実感しました。
そういえば、合格体験記をいろいろと読んでみると、
「今年を最後と思って勉強したら合格した」というくだりを時折見かけますが、あれは本当ですね。
さて、いよいよ万を持して3度目の正直に挑みました。
その年は、あらゆる手段を講じて有利にことを進めようと決めていたので、
はじめて東京以外で受験することにしました。
そして、試験会場は、親の実家に近い仙台としたのです。
事前に、仙台駅前のビジネスホテルに3泊分の予約を入れ、
試験前日に現地入りと会場の下見を行い、本番に備えました。
そして、いよいよ試験当日の朝を迎えました。
その日の朝は、出掛けに基本テキストの重要ポイントをざっと見ていました。
普通なら、直前期に使う試験委員対策用のテキストを見るところなのでしょうが、
それについては自信があったので、念のため、遠い昔にやった、
忘れかけている基礎知識の見直しをやろうと、気まぐれで思い立ったのです。
結果的にはそれが大成功でした。特に、商業簿記や財務諸表論、経営学などでは、
逆に基本的過ぎてみんなが忘れていそうな論点も出ていたので、思わずニンマリです。
「今年は上手くいきそうだ!」
初日から、そんな予感がありました。
3日目の試験が終わると、私は、そこから電車で1時間ほどの所にある祖父母の家へ、
2~3泊の予定で遊びに行きました。
途中、電車の中で解答速報を見ると、第1問と第2問の商業簿記がほぼ満点だったので、
「これは受かった!」と、思わずガッツポーズを決めていました。
家に着いた頃には、すっかり辺りは暗くなっていました。
祖父も祖母も、私の1年ぶりの来訪を心待ちにしていてくれたらしく、
非常にリラックスすることができました。
ちょうど夕食が終わった頃でした。電話がけたたましく鳴り響きます。
「もしもし。ああ、いるよ。ちょっと待って、今変わるから。政行、母さんからだよ」
祖母が、受話器を私に預けました。
「もしもし。おかげさまで無事終わりました。今度は手ごたえばっちりだから、大丈夫だと思う」
これを聞いて喜んでくれると思いきや、以外にも電話の向こうの声は、事務的で無感情なものでした。
「政行、落ち着いて聞いてな。実は3日前に病院で検査してもらって、子宮ガンだって言われたよ。
試験中に動揺させちゃまずい、と思って今日まで黙ってたんだ」
「…助かる見込みは?」
「多分助かるってよ」
体中の力が抜けました。
「それで、来月早々には手術だから、家の事、いろいろ迷惑かけるけど、頼むね」
そう言うなり、電話が切れました。
どうやら、祖父と祖母は知っていたようです。
すぐに入院する、と言っていたので、予定を早めて翌日、帰ることにしました。
人生、なかなか安穏としていられません。
カテゴリー:第02章 世捨て人と呼ばれて
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