面白いもので、人間、自分自身に期限を区切り、本気でそれを守ろうとすると、
同じ努力でも格段の効果が得られるものなんです。それを3年目に実感しました。
そういえば、合格体験記をいろいろと読んでみると、
「今年を最後と思って勉強したら合格した」というくだりを時折見かけますが、あれは本当ですね。
さて、いよいよ万を持して3度目の正直に挑みました。
その年は、あらゆる手段を講じて有利にことを進めようと決めていたので、
はじめて東京以外で受験することにしました。
そして、試験会場は、親の実家に近い仙台としたのです。
事前に、仙台駅前のビジネスホテルに3泊分の予約を入れ、
試験前日に現地入りと会場の下見を行い、本番に備えました。
そして、いよいよ試験当日の朝を迎えました。
その日の朝は、出掛けに基本テキストの重要ポイントをざっと見ていました。
普通なら、直前期に使う試験委員対策用のテキストを見るところなのでしょうが、
それについては自信があったので、念のため、遠い昔にやった、
忘れかけている基礎知識の見直しをやろうと、気まぐれで思い立ったのです。
結果的にはそれが大成功でした。特に、商業簿記や財務諸表論、経営学などでは、
逆に基本的過ぎてみんなが忘れていそうな論点も出ていたので、思わずニンマリです。
「今年は上手くいきそうだ!」
初日から、そんな予感がありました。
3日目の試験が終わると、私は、そこから電車で1時間ほどの所にある祖父母の家へ、
2~3泊の予定で遊びに行きました。
途中、電車の中で解答速報を見ると、第1問と第2問の商業簿記がほぼ満点だったので、
「これは受かった!」と、思わずガッツポーズを決めていました。
家に着いた頃には、すっかり辺りは暗くなっていました。
祖父も祖母も、私の1年ぶりの来訪を心待ちにしていてくれたらしく、
非常にリラックスすることができました。
ちょうど夕食が終わった頃でした。電話がけたたましく鳴り響きます。
「もしもし。ああ、いるよ。ちょっと待って、今変わるから。政行、母さんからだよ」
祖母が、受話器を私に預けました。
「もしもし。おかげさまで無事終わりました。今度は手ごたえばっちりだから、大丈夫だと思う」
これを聞いて喜んでくれると思いきや、以外にも電話の向こうの声は、事務的で無感情なものでした。
「政行、落ち着いて聞いてな。実は3日前に病院で検査してもらって、子宮ガンだって言われたよ。
試験中に動揺させちゃまずい、と思って今日まで黙ってたんだ」
「…助かる見込みは?」
「多分助かるってよ」
体中の力が抜けました。
「それで、来月早々には手術だから、家の事、いろいろ迷惑かけるけど、頼むね」
そう言うなり、電話が切れました。
どうやら、祖父と祖母は知っていたようです。
すぐに入院する、と言っていたので、予定を早めて翌日、帰ることにしました。
人生、なかなか安穏としていられません。
■無料メールセミナー一覧 すでに3000人以上が受講しています。
スポンサードリンク
« 日商簿記検定の上手な使い方 | 公認会計士物語 | 人事を尽くして天命を待つ »