図らずも、私が公認会計士2次試験に3度目のトライをしている時、母のガンが発覚しました。
すぐさま入院し、運良く無事手術を終え、3日に1度ほどの見舞いの日々を送っているうちに、
あっという間に9月となりました。
この頃、私が没頭したのは小説です。内田康夫さんの「天河伝説殺人事件」を一晩でいっきに読みきり、
それから1ヵ月の間に26冊の本を読み漁りました。だいたい1日に1冊のペースです。
受験生活が始まって3年目に、はじめて心穏やかに日々を過ごせたのがこの時でした。
結果はどうあれ、これが最後の受験です。
「人事を尽くして天命を待つ」
そんな心境に至ったのは、それまでの人生で2度目です。
1度目は、大学3年生のときでした。
当時、私は大学で、クラシックギターのサークルに入っており、
3年生の冬に、定期演奏会で独奏を演じる、という機会をもらいました。
曲目は、パガニーニ作曲の「カプリス24番」という、もともとバイオリンの曲です。
実のところ、1年前からその曲に取り組んでいながら、力不足もあり、
私にとってはあまりに難しい曲だったため、1度としてまともに最後まで弾きとおすことが出来なかったのです。
その状態は、前日のリハーサルでも変わりませんでした。
曲の途中で2度3度と止まってしまう私を、60人余りの部員は、心配そうに見つめます。
そして本番。もう待ったなしです。
私の属する年代は、「第22代」といわれ、それまでに20年以上続いていた歴史があります。
過去に独奏を演じた先輩方は、プロ顔負けの堂々たるメンバーばかりです。
もしかしたら、ギタークラブの歴史に汚点を残すかもしれない、と正直ビビっていました。
頼れるのは、前日まで1ヵ月、1日8時間以上練習し続けたという事実と自分の腕だけです。
本番直前、足が震えていました。ステージの脇から客席を見ると、100人ぐらいでしょうか、
観客が息を潜めています。
いよいよ、私の出番がきました。
アナウンスにうながされ、まだ1度も完走したことのない難曲に挑みます。
舞台の真ん中に、ぽつんと1つだけ、椅子が置いてあります。
そこに腰掛けると、こちらを照らすライトがまぶしく、観客席の様子が全く分かりません。
これは、私にとって非常にラッキーでした。
「そこには、私一人しかいない」
そう思い込むことが出来たのです。
次の瞬間、頭の中が真っ白になりました。
指が自分の意思を離れて、まるでそれ自身が生きているかのように、
なめらかに曲をなぞっていきます。私はただ、それを眺めているような、
不思議な感覚にとらわれていました。
もし、「無我の境地」というのがあるとしたら、あれがそうだったのかもしれません。
今でも夢のような15分間でした。
その時、初めて途中で止まらずに「カプリス24番」を最後まで弾けました。至福の瞬間です。
「人事を尽くして天命を待つ」
その言葉を最初に噛みしめたのは、演奏が終わった時でした。
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