次の就職先が決まらない?
平成9年6月30日付けで、新人の頃からお世話になった監査法人を辞めたあと、
10日間くらいはボーっとしていました。
7月も中旬にさしかかった頃、そろそろ家でごろごろしているのも飽きてきたので(なんてぜいたくな!)、
書店に行って「デューダ」を買い、個人の税務事務所の求人広告をチェックしはじめました。
しかし、公認会計士を直接募集するような求人広告は、なかなか見つかりません。
そこで、資格の欄に、「経験者求む」というような記載があった2ヶ所の税理士事務所に
履歴書を送付してみました。
ところが、いずれの場合も面接まで辿り着くことができませんでした。
「理由は何だろう?」
あれこれ考えてみて、「税務事務所で必要としている人材は、会計士の有資格者よりも、
むしろ税理士試験の一部科目合格者のような、勉強中で雑務をいろいろやってくれるような人だ」
という話を、以前に聞いたことを思い出しました。
そこで、ちょっといじわるかな、とは思いましたが、背に腹は変えられないので、
3通目の履歴書は、わざと公認会計士の資格を書かずに送ってみたのです。
3日後、先方の税理士事務所から電話がかかってきました。面接してくれるというのです。
とりあえず突破口は開けました。あとは、面接に行ってからの勝負です。
約束の面接は、電話があってから2日後の昼過ぎでした。
「どうも、はじめまして、所長で税理士の〇〇です。僕の隣にいるのは、
副所長で人事を担当している××です」
「柴山と申します。よろしくお願いします」
ひとしきり、初対面のあいさつが終わると、さっそく所長さんが切り出してきました。
「履歴書を拝見すると、監査法人に5年近くお勤めだった、ということですが、
お仕事は主に監査業務の補助をなされていたのですか?」
「はい。そのとおりです」
「そうですか。監査業務の過程で、法人税の申告書を扱うことなどはあるのでしょうか」
「ええ、決算業務の監査を行う際に、会社で作成した申告書を見て計算過程をチェックすることはあります」
「なるほど…実は、うちのお得意さんでも、ある程度の規模の株式会社が結構あるので、
そういった面では、大企業の税務を見られていた、というのは好都合ですね」
そう言うと、所長さんは、ゆっくりとお茶を口に運びました。
そのとき、いちどは、これはいいかも、という感触を得たのですが…
「ところでですね」
私が書いた履歴書の資格欄を見ながら、おもむろに所長さんの口が開きました。
「柴山さんの経歴を見ると、公認会計士の資格が記載されていないのですが、試験はお受けにならなかったのですか?」
きたか、と思いました。
「いえ、実は平成8年の4月に公認会計士として登録しているのですが、
それをうっかり履歴書に書くのを忘れていました」
「えっ!」
所長さんと副所長さんが同時に小さく驚きの声をあげました。
ここまでは、あるていど覚悟していた展開です。あとは熱意と気合で押し切るだけです。
「もちろん公認会計士としての資格はありますが、申告書の作成実務という点では、
新人のつもりで仕事をしたいと思っています。当然、給料面でも、
無資格の人と同レベルになることは承知の上で来ていますので、どうかご一考ください」
ひとしきり私の主張を聞き終えると、二人は顔を見合わせていました。
あきらかに困っているようです。
「あの…」
さっきからほとんど口をきかなかった副所長さんが、はじめて重い口を開きました。
「まことに申し上げずらいのですが、今回の募集は、税理士の受験生で、
20歳代前半までの方か、あるいはすでに税務申告書の作成経験者に限らせていただきましたので、
当方では、柴山先生....のニーズにはお答えできないと存じます」
どうやら、雰囲気だけではなく、言葉づかいまで変わってしまったようです。
「副所長が申し上げましたように、公認会計士の先生には、十分な雇用条件を提示するのが難しい、
という現状をご理解ください。たしかに、さきほど柴山先生がおっしゃったように、
新人と同じような待遇で、という道もあるのでしょうが、それでは現実問題としておさまりが付かないと
思います。私どもも心苦しいですし…」
「そうですか」
「ただ、いちど副所長と私とで相談の上、あらためて採用の可否についてご連絡申し上げます。
正直言って、現段階では、どうするかについては白紙とお考え下さい」
面接はここで終了となりました。
私は、簡単なあいさつを済ませると、面接室のすぐ外にあるエレベーターの前へと進みました。
エレベーターのボタンを押そうとしたときに、ちょうどわたしのいるフロア-をエレベーターが通過してしまい、
いったん上の階に行ってから、戻ってくるまで待たされる羽目になりました。
最上階のランプがいったん点灯しました、そこからなかなか降りてきません。
どうやら、乗降者がたくさんいるようです。
「ついてないな…」
そう思って待っているうちに、2~3分は経ったでしょうか。
すると、さっきの面接場所のあたりから、所長さんらしき声が聞こえてきました。
「やっぱり、会計士は使いずらいよな。無資格者のように雑用を頼むのも気を使うだろうし…」
「そうですね」
壁に耳あり、障子に目ありです。これで、不採用が決定的になりました。
公認会計士の資格を持っていることで、かえって個人の税務事務所に就職するのが難しくなるとは、
なんとも皮肉な話です。
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