ご注意
(ご注意下さい)
本書は、平成11年に、独立2年目を迎えた記念として書かれました。
したがいまして、公認会計士試験制度、監査制度その他の時代背景は、当時を反映しています。
これを、現在の状況に合わせて改変することも考えましたが、
あえて、当時の状況や気持ちをありのままお伝えする方が、
真意がご理解いただけるとの考えから、あえて手を加えずに表記しております。
現在においては、本書の記載とは異なることがあります。ご注意下さい。
本書は、平成11年当時の「柴山の心情」をお楽しみいただくという趣旨で、お読みいただけると助かります。
カテゴリー:第09章 もっと社会に広めよう
企業財務あるところ、公認会計士の需要あり!
「豊かな生活を送りたい」
これは、誰もが持っている希望です。そして、豊かな生活を実現するには、
精神的な心のゆとりももちろん必要ですが、やはり経済的な基盤がしっかりしている、
という条件を欠かすことができません。
日本の経済を支えているのは、いうまでもなく、日々私たちに有形・無形の財・サービスを
提供してくれる企業です。
一方で、そんな企業が、大規模に安定して活動を続けていくためには、
広く社会から、十分な資金を調達しなければなりません。
そして、社会から資金を集めるには、企業が、今後、その集めたお金をどのように運用し、また、
投資家に還元してくれるかについて、正しい情報を公開し、社会に散在する投資家が安心して
資金を出してくれるような仕組みを、機能させ続けていなければならないのです。
そこで、私たち公認会計士が、企業の発信する財務情報に信頼性を与え、
投資家が安心して出資できるように、橋渡しの役割を果たします。
「企業財務あるところ、公認会計士の需要あり!」
ますます高まる社会の期待に、私たちは応えていかなければなりません。
カテゴリー:第09章 もっと社会に広めよう
キムタクに演じてもらいたい!
ドラマを見ていると、主人公が刑事だったり、弁護士だったり医者だったりすることは多いですよね。
それだけ、物語としては面白く描けるからだと思うので、まあ仕方ないとは思っていました。
それが、この間、2つの興味深いドラマに出会い、「これはひょっとしたら…」なんて気が少ししてきたのです。そのドラマの名前は、「カバチタレ」と「HERO」です。
カバチタレは、もともと週刊の漫画雑誌に連載されている話が原作で、
そっちの方は私も良く知っていました。主人公は、行政書士事務所に勤める若手の補助者です。
この物語のドラマ化を知り、そして実際に登場人物たちが生き生きと活躍しているのを見るにつけ、
「ああ、行政書士という、普段はあまり接することのない職業の人が主人公でも、
あんなに面白いドラマができるんだなあ」、などと感心しました。
もう1つのHEROは、皆さんご承知のように、キムタクが主人公の検事です。
法律家が主人公になるとしたら、たいていは弁護士で、無実の犯人を追い詰めようとする
役の検事、という図式が多かったところを、あえてひっくり返したのが新鮮でした。
ここまでくると、もう私の言いたいことがお分かりですね。そうです!
「公認会計士を主人公にしたドラマを作ってほしーい!」
大企業をまたにかけ、さっそうと経済社会をかけぬける男、なんていう設定も、
なかなかドラマ性があって、面白いとは思いませんか?
時には地方出張に行って、支店ぐるみの不正を正したり、またある時は海外子会社を訪れ、
そこでさまざまな事件に巻き込まれてみたり…
あれこれ考えているうちに、なんか、私自身の手で、脚本でも書いてみたくなってしまいました。
…話はかなり先走りしてしまいましたが、公認会計士について、もっと社会に広く知ってもらい、
積極的に公認会計士業界へと働きかけていただくことが、経済社会の発展には絶対に効果的
である、と私は考えています。
そのためには、もっと、マスメディアの力を借りて、社会にアピールしていくことが必要なのでは
ないでしょうか。
たとえば、公認会計士を主人公にしたドラマで、キムタクのような人気俳優に生き生きと
活躍してもらいたい、ということのほかに、公認会計士が都知事や総理大臣になるとか、
ニュース番組のコメンテーターとして抜擢されるとか、あるいは作家としてデビューし、
世にたくさんのベストセラーの著作を生み出すとか、どれもこれもかなりミーハーですが、
別に堅苦しく広報活動をするだけでなく、いろいろな面から認知度を上げるようなチャンス
が広がれば、それはとても素晴らしいことだと思うのですが。
皆さんは、どう思われますか?
カテゴリー:第09章 もっと社会に広めよう
社会経済の潤滑油として
いきなり、堅い話ですみません。
証券取引法という、株式の公開企業などが投資家保護のために守らなければならない
法律の条文をひとつ、次に引用させていただきます。
証券取引法 第1条
「この法律は、国民経済の適切な運営及び投資者の保護に資するため、有価証券の発行及び売買その他の取引を公正ならしめ、且つ、「有価証券」の流通を円滑ならしめることを目的とする。」
さて、上記の条文で、証券取引法という法律の目指す「理想」が、明らかになっています。
それは、国民経済の適切な運営であり、投資者の保護です。そして、この法律が適用対象
としているのは、おおざっぱに言って、たくさんの株式などを発行している大企業です。
つまり、言葉をかえれば、「国民経済に影響を与え、たくさんの投資家を抱える大企業は、その社会的責任として、証券取引法の定めたルールを守り、経済の活性化に貢献しなさい」と言っているようなものなのです。
なにやら、非常に話がぎょうぎょうしくなってきましたが、そのような大企業が果たすべき義務として
大事なものの1つに、「公認会計士による監査を受け、適正な情報開示をしていることの裏付けを得る」ことがあるのです。
この意味で、公認会計士は、「社会経済の潤滑油」として、大きな期待を受け、これに応えるべく、多大な責任を負っているのです。
カテゴリー:第09章 もっと社会に広めよう
公認会計士の認知度
このテーマに関して、私は、大いに不満があります。
やはり、医者や弁護士とは違って、日常生活にはなじみの薄い、
会社の決算に関する業務を扱っているために、なかなか一般の人の目に止まるチャンスはありません。
そのためもあって、知人や初対面の人に自分の職業について話すとき、
「公認会計士とは…」という説明をはじめなければならないことが多々あります。
だからといって、別に、有名人になりたいとおもっているわけではありません。
ただ、企業の財務報告制度を担う公認会計士のことを知ることで、最近よく言われる、
「ディスクロージャー(情報開示)の意味と重要性」が、よりはっきりと理解できるようになることは、
間違いのないところです。
たとえていうならば、その行動が社会へ大きな影響を及ぼすような官公庁や企業が、今、
どのような活動を行っているかという情報は、市民にとって、重大な関心事です。
環境汚染の問題しかり、投資先である株価への影響しかり、官公庁や企業の公開する情報が
正しく世間に伝わることにより、私たち市民は、日々安心して日常生活を送り、公正な判断で
株式投資を行うことができるのです。
そこで、もしも官公庁や企業が流す情報が、悪意に満ちた、偽りの情報であったなら、いったい、私たちの生活はどうなるでしょうか。
しらずしらずのうちに、体へ害を与えるような環境の中での生活を余儀なくされたり、
意図的に水増しされた会社の業績を信じて誤った投資判断をして、本当の姿を知っていれば
買わなかったはずの会社の株を買わされたりと、ねじ曲げられた情報によって私たちがこうむる
損害は、計り知れません。
そんなとき、一般の方々にも、正しいディスクロージャーのあり方を示し、情報の信頼性の確保に
重要な役割を果たせるのが公認会計士なのです。
その意味で、社会はもっともっと公認会計士のできることを知り、どんどん公認会計士にディスクロージャー制度の改善・充実のための仕事をさせればよい、と私は思っています。
カテゴリー:第09章 もっと社会に広めよう
本の一冊も書けるぐらいじゃないとね
本の一冊も書けるぐらいじゃないとね
個人事務所を開業してから3年の間、大・中・小様々な規模の会社経営者の方々とお会いさせて
いただきました。その数、だいたい十数人くらいでしょうか。もちろん、その中には、新規契約を結ぶか
どうかの相談でお会いした社長さんも何人かいらっしゃいます。
そんななか、あるとき、次のようなことを聞かれたことがありました。
「ところで、柴山先生は、どのような本をお書きになっているのですか?」
そのときはまだ、これといって書いた本がなかったため、なにやら言い訳めいたことをいろいろと
しゃべった記憶があります。
そういえば、良い税理士の選び方について書かれていた本を読んだことがありますが、
その中に、「その税理士先生の実力を見るのに、どんな本または論文を書いているのか、
その内容を読んでみるといいでしょう」という旨の記述がありました。
専門家の能力や得意分野を知るのに、このような視点があるのだなあ、と感心したものです。
もちろん、本を出すからには、出版関係に人脈があったりとか、原稿を書く時間的余裕が必要とか、
さまざまな条件が揃わなければならないでしょう。しかしながら、専門家たるもの、常日頃から自分の
得意分野を開拓し、研究を重ねるという努力を続けなければなりません。
そうでなければ、日々変化を続ける経済の最先端に立ち続け、高度なサービスを提供することは
難しくなるでしょう。
したがって、機会さえあれば、自分の業務範囲の事柄について、本の一冊ぐらい、
あるいは論文の一本ぐらいはかけるぐらいの知識と経験をつんでおきたいものです。
カテゴリー:第08章 「公認会計士」という看板の値段
公認会計士と税理士業務
公認会計士は、税理士登録をするなどの一定の要件を満たすことにより、
税理士務業務を行うことができます。
ここで、公認会計士の税理士業務について、簡単に触れておきましょう。
<税理士業務のおおまかな内容>
(1)税務代理
税務申告(つまり、代理人として申告書を提出すること)や、税務署の調査に関する主張などを
本人に代わって行うこと。
(2)税務書類の作成
税務申告書等の書類を作成すること。
(3)税務相談
税金の計算に関する事項について、相談に応じること。
※上記にいう「税務」とは、租税に関する事務のことです。
参考までに、以上にあげた業務は、税理士法の第2条に掲げられている内容を要約したものです。
つまり、業務の内容は公認会計士・税理士ともに同じです。
ただし、大企業と中小企業では、税務上、問題となる事項がかなり違ってきます。
たとえば、中小企業では、社長と株主が同一人物であるオーナー企業のケースが圧倒的に多いため、
社長さんは、「わたしの会社の財産=私の財産」という意識が強いのが通常です。
そうなると、税務上の問題として、たとえば役員報酬などの会社と社長との内部取引について、
税務上問題とならずに、有利となるようなアドバイスを、社長さんから求められたりするケースなどが多くなります。
それに対して、大企業では、株主が世間にたくさんいるため、社長さんは、
「株主から経営の委任を受けた」という意識が強くなります。
言葉はやや乱暴ですが、いわゆる「雇われ社長」ですね。
また、大企業では、その巨大さゆえに、大規模な設備投資に伴う税務上の問題とか、
支店や子会社を設置したり廃止したりする場合の税務上の影響であるとか、
扱う話は大掛かりになります。
そう考えると、同じ税務でも、大企業を対象とする場合と、中小企業や個人商店を対象とする場合では、
大きな関心事項は異なってきたりしますから、普段から会計監査などで大企業を見るチャンスの多い
公認会計士にとって、大きな会社を対象とした税務は、非常に魅力的な業務かもしれません。
カテゴリー:第08章 「公認会計士」という看板の値段
公認会計士の受ける報酬
さきほどは、公認会計士という資格の評価を、「取得原価」という側面から行いました。
会計学の理論からすると、もう1つの代表的な評価基準である「時価法」で評価してみたいところなのでしょうが、
公認会計士資格のように、ある一定の人だけに与えられる権利・地位のような無形の財産は、
他人に譲渡できるものではないので、「流通価格」のようなものは存在しません(あたりまえですね!)。
そこで、公認会計士が行う業務の内容と、それに対して与えられる報酬について見ていくことで、
違った面から「公認会計士の看板」の価値について考えてみましょう。
公認会計士の主な業務を、とりあえずは会計監査とマネジメント・サービスの2つに分けて考えてみます。
会計監査といえば、通常は、資本金が5億円以上の大会社(商法)や、証券取引所などに
株式を上場しているような株式公開会社(証券取引法)が中心ですが、
そのほかにも、学校法人や労働組合など、さまざまな分野に監査業務の範囲が拡大されてきています。
どのような種類の監査にせよ、一般に、監査契約の期間は1事業年度単位ですから、
「年間でいくら」というように監査報酬の額が決まります。
そして、総資産が何百億円もある一つの大きな会社に、年間を通して何人もの会計士を送り込んで
会社の財務内容をチェックするわけですから、それ相当の時間と経費がかかります。
したがって、1件の監査契約における報酬の額も、数百万円にのぼることは想像に難くありませんね。
話は変わりますが、公認会計士が監査のために1日会社に伺えば、
だいたい5万円から10万円くらいの監査報酬がかかると考えておけばよいでしょう。
もちろん、それだけ高度な専門性が要求される仕事であることの裏返しですから、
監査をする側も、期待にこたえるべく全力を尽くします。
次に、マネジメント・サービスですが、その内容には、企業の経営診断や特定のテーマに対する
調査・分析、あるいは講演や企業研修の講師などがあります。
たとえば、ハリウッドの映画に出てくるような、それを専門として華々しく活躍しているコンサルタント
の人達のようには行きませんが、私も、個人として多少の企業診断や調査、
あるいは企業研修の講師などをやらせていただきました。
その時思ったのは、「会社経営者の方たちと話ができる程度のバランス感覚と経営知識、
それに公認会計士としての専門知識を上手に伝える表現力がとても大事な資質となる」ことです。
振り返ってみると、経営学や商法、それに原価計算の知識が、非常に役に立ちました。
さて、マネジメント・サービスに関する報酬ですが、これこそお客様との契約内容によって
様々あるとは思いますけれども、だいたい1日の仕事に対して、5万円から10万円の報酬をいただけたのではないでしょうか。
そう考えると、監査の場合と大体同じような感じかもしれません。
カテゴリー:第08章 「公認会計士」という看板の値段
私の資格取得費用
まだ私が2次試験の受験生だった頃、専門学校の授業中の雑談で、先生から次のような話を聞いたことがありました。
「公認会計士の資格を持っていれば、担保がなくても300万円くらいは銀行からすぐに借金することができるんだよ」
その時は、素直に、すごい信用のある資格なんだなあ、と感心しました。
ただ、仮にそういうことがあったと仮定しても、当時はまだ平成2年で、
バブルの最中にあったものですから、ある意味かなり特殊な状況下での話だろうと、
それなりに今なら割り引いて考えなければなりませんね。
なぜなら、平成10年に、私自身、独立開業にさいして銀行に100万円程度の融資を申し込みに行ったら、案の定というか、あっさり断られましたから…(現実はそんなものです)
さて、借金の話はともかくとして、「公認会計士の資格には、どのような価値があるのでしょうか?」
というのがこの章でのテーマになります。
ここで、かなり強引ですが、会計学の世界での理論をちょっとご紹介しましょう。
会計学では、企業の持つ財産の評価について、次のように2つの代表的な基準があげられています。
財産評価の基準
1.原価基準:財産を、その取得に要した額(支出額)で評価する。
2.時価基準:財産を、その時の取引価格(時価)で評価する。
原価とは、その財産のもつ「おおもとの価値」です。取得原価ともいいます。
購入した時にかかったお金だと思っていただければよいでしょう。
そこで、この項では、公認会計士の資格を、私の場合の「取得原価」で評価してみたいと思います。
私の資格取得までの支出額表(概算) <単位:円>
平成元年(2次試験の受験勉強スタート)
①専門学校の授業料(入門コース) 550,000
②通学の交通費(月約1万円) 120,000
③書籍代 70,000
④食費など(月約3万円) 360,000
1年目合計 1,100,000
平成2年(気を取り直して、2度目の挑戦)
①専門学校の授業料(上級コース) 300,000
②通学の交通費 120,000
③書籍代 70,000
④食費など 360,000
2年目合計 850,000
平成3年(翌年に念願の合格!)
①専門学校の授業料(上級コース) 300,000
②通学の交通費 120,000
③書籍代 50,000
④食費など 360,000
⑤家賃(月3万5千円) 420,000
3年目合計 1,250,000
※3年目は、受験に専念できる環境を作るため、近くで借家住まいをしました。
受験期間(3年間)の、資格取得費用(概算) 3,200,000
以上から、私にとっての「公認会計士」という看板の取得原価は320万円と計算されました。
これだけの元手がかかっているのだから、やっぱり「スゴイ資格」なんですね。
その後、この取得原価320万円は、3年くらいで全額回収し、以降は、金銭面でも、社会的な信用の面でも、ずうっと多大な恩恵を受け続けているわけです。つまり、今思えば、「長い目で見ると、とても割りの良い投資」になったと実感しています。
カテゴリー:第08章 「公認会計士」という看板の値段
不況と資格取得
景気が長らく低迷し、誰もが先行きに不安を持つようになってから久しいですが、
そんなときこそ、「何か自分の実力を裏付けるものが欲しい」という心理が強く働くようです。
その意味で、資格を取得し、自分の可能性を広げよう、という選択は極めて正しいといえます。
以前、私が受け持っていた日商簿記検定試験の講義の受講生さんで、こんな人がいました。
「実は私、現在、あるテレビ局の美術関係を下請けしている関連会社に勤めているのですが、
最近、うちの会社がちょっと危なそうなので、いざというときに役に立つ資格として日商簿記検定を
受験しようと考え、申し込みました」
たしかに、日商簿記検定は、商売をやっている会社や商店ではかならず必要な、
帳簿記録の方法に関する知識を扱いますし、また、手ごろな難易度で、見事試験に合格すれば、
転職のさいにも履歴書に書いてアピールできるので、何かと便利な資格です。
また、公認会計士の資格を持っている立場から見ると、なおのこと、この不況の世の中にも仕事は
確実にあるので、職について不安を感じたことはほとんどありません。
したがって、資格というのは、景気の動きにあまり影響されない点が非常に魅力的であることから、
ますます受験生は増えていくことでしょう。
不況期こそ、自己の能力を高め、社会にアピールする手段として、資格取得は最適といえるのです。
カテゴリー:第07章 教室の現場から
知識と技術と哲学と…
専門学校の講師をしはじめた頃、
一番興味があったのは、「いかに短時間で合格レベルに受講生を引き上げるか」というった点でした。
つまり、 「究極の受験テクニック」です。
意識したのは、「この問題なら、こういう手順で解けばOK!」というような、機械的な解法パターンを作ることでした。
当時は、各回の講義の前には、最低でもその授業の時間数の3~5倍はかけて入念に準備し、
分刻みの講義スケジュールを作り、完璧なノートを用意していました。
あとは、事前に作ったノートに従って、オートマティックに講義を進行させるだけ、という状態にして…
しかし、何度かそれを試した結果、自分にとっての講義ノウハウを築く上では有効でしたが、
以外にも受講生に対してあまり受けが良くないことが分かりました。
その理由は簡単です。そもそも、「機械的に合格させるためのテクニック」という発想自体が
間違った方向性だったのです。つまり、「学習する」ということの人間的な側面を無視した結果だったのでした。
ある時、教室でこんなことがありました。テキストの問題を一緒に解いている時、
溜息交じりに、1人の受講生がふと漏らしたのです。
「なんか、勉強をしている、というより、決められたプログラムにしたがって無理にやらされているみたいで、すごく味気ないなあ…」
この言葉を聞いたとき、私はショックを受けました。
「効率的な学習」を意識しすぎたため、自分が受験生時代に体験して知っていたはずの、
「新しい知識を身に付ける喜び」や、「わかることの充実感」を、あまりにもなおざりにした講義をしていたんじゃないのか?
やっぱり、最後は「仕事は人間を相手にしているものなんだ」という基本的な問題をしっかりと
見つめることが一番大事だったのです。
それからは、教室で「知識」と「受験の技術」だけを教えるのではなく、
「自分の持っている、ビジネスや会計知識に対しての真剣な思い」、
つまり自分の哲学を伝えられたらどんなに素晴らしいだろう、と考えるようになりました。
そして、それを教室で実践するようになってから、受講生の反応が明らかに変わってきたのです。
授業の合間に、教育問題や戦後の日本における経済復興の意義、それに会計学という学問の歴史
や社会への役立ちなど、さまざまな事柄について自分なりの考え方を真剣に話したりすると、
みんなの目がぱっと明るくなり、教室はさながらゼミのような熱気を帯びてきます。
そんなとき、受験対策という枠を超え、学ぶことの楽しさを一緒に感じることができる。
これが、私にとって教室における最高の瞬間なのです。
どうやら、講師という仕事は私の性格にぴったりのようですね。
カテゴリー:第07章 教室の現場から
受講生のタイプと合格可能性
教室で指導をしていて、質問に答えたり、雑談をしたりしている最中に、
「あ、この人は合格する流れに乗っているな」と思えたり、
反対に、「うーん、このまま放っておいたら、ちょっと危ないな…」と思えたりすることが、ままあります。
それでは、受講生のタイプと合格可能性に、どんな相関関係があるのでしょうか?
以下に、私なりの見解を申し上げてみたいと思います。
まず、短期間で受かる可能性が高いな、と思える人の性格は、
何といっても「1つの事に深入りしすぎない」ということでしょう。
公認会計士のような難関資格に挑戦する人間としては、一見、矛盾のように思える話かもしれません。
でも、ちょっと考えてみてください。
同時に7科目を受験し、一定水準の答案を書けるようになる、とはいっても、
せいぜい数年間の勉強で得る知識ですから、各科目について長年研究をされていた学者の方々からすれば、
ある程度は限られた範囲の知識の中で勝負せざるを得ないだろう、ということは百も承知なのです。
つまり、試験委員の先生が答案の上で求めているのは、「学会で話題になっているような、
超マニアックな理論を知っていること」ではなく、「専門家なら誰でも知っているような共通の知識を、
ケースバイケースで使いこなせる」という、実務家としての素養なのです。
専門学校のテキストも、一般の専門書も、一冊の本に書かれていることすべてが
等しく重要なわけではありません。たとえば300ページのテキストがあったら、
繰り返し試験で直接聞かれる知識なんて、そのうちのせいぜい60~90ページ分くらいのものです。
つまり、実際の試験で、答案に表現するさいに核となる知識は、全体の2~3割程度で、
残りの7~8割は、その大事な箇所を理解するための飾りに過ぎません。
このあたりの感覚が鋭いと、どんな科目でも「無駄な勉強」をしなくてすみます。
つまり、先ほど申し上げた「深入りしない」というのは、言葉を変えれば、
「短期合格に必要のないところを捨てる要領の良さを持っている」ということに等しいのです。
こういった背景もあり、受かりそうな人と会話をすると、質問や雑談の中にも、
しっかりと核になる知識が入っていることに気付かされるのです。
そして、もうひとつ付け加えるならば、1つの知識と他の知識が、
うまく関連付けられて理解されているので、問題解決の引き出しがたくさん頭の中に出来上がっています。
こうなるとしめたものですね。全く新しい出題形式にあたっても、他の受験生がふうふう
言っているかたわらで、なんとかかんとか必要最小限の答えを導き出せるので、
安定して高得点が望めるわけです。
次に、なかなか合格しない人のパターンをいくつか、私の独断で上げてみたいと思います。
第1に、テストの点数が悪かった時などによく言い訳をする人は、自分の欠点を真っ直ぐ見つめられないので、
いつまでたっても苦手分野を克服できません。
こういう人は、ほとんど問題外の実力のまま、落ちていきます。
第2に、勉強のピントがずれている人は、なかなかテストの点数が上がらず、
いつも不安を抱えています。これは結構やっかいなパターンです。
ただ、こういうパターンにおちいりやすい人の傾向として、
①一つの勉強をしていると、すぐにその細かい論点にばかり目が行ってしまい、いま自分がどのあたりのことをやっているのか、という「大きな視点」がもてない場合と、②いつも1ページ目から順序良く勉強しないと気が済まず、途中でつっかえると、先へいけなく場合があるようです。
いずれの場合も、科目の「全体像」や「根本的な趣旨」という大きな物の見方をする習慣がないため、
ある問題に対して、的確な知識を引出せずに、まとはずれな答えを導いたりしてしまいます。
こういう人は、「わからないところはどんどん飛ばしてでも、とにかく全体を早く2~3回転させる」という発想に切り替えれば、あんがい良い方に流れが変わっていくかもしれませんが…
第3に、他の合格レベルの受験生に比べて「圧倒的に勉強量が少ないのに、それに気付いていない人」です。
以外にこういう人は多いんです。
ここで問題なのは、他人から見ればたいした勉強量じゃないにもかかわらず、
「自分はつらい思いをしていっしょうけんめい勉強しているのに、ぜんぜん効果があがらない」と思い込んでいる場合です。
これは、受験勉強を苦痛にしているからで、「わかってうれしい」とか、
「パズルを解いているみたいで楽しい」というような前向きな勉強ができないのが原因です。
人間、つらい努力は長続きしませんし、本人はやったつもりでも、充実感をもって努力している人に
比べると、全然レベルが違っています。
だから、第3のパターンで、受験勉強を苦痛にしてしまっている人は、ぜひ、早いうちに発想の転換をはかり、勉強の楽しみを見つけるような状況を作ることをお勧めします。
カテゴリー:第07章 教室の現場から
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