念願の独立開業とお客様第1号
2007年11月28日
その個人会計事務所に在籍していたのは1年足らずという短い期間でしたが、
その間にこなした様々な分野の仕事は、監査法人時代に得たものとはまた違った意味で、
とても大きな財産となりました。
なにより、「財務書類を見る立場」だけでなく、「財務書類を作る立場」を経験した、
ということが非常に有意義だったと思います。
そんなこんなで、翌年の春、「もう少しいればいいのに!」という、ありがたい引き止めのお言葉を
いただきながらも、「自分の名前で会計事務所を出す」という1つの目標に向けて、
退職することとあいなったのです。
そして、4月に辞めてから、5月と6月は、本当にあっという間に時が過ぎていきました。
その間、事務所の看板をつけたり、名刺を発注したり、地元の電話帳に広告案内を出したりと、
いろいろ準備をしたのですが、気が張っていたせいか、それほど忙しい、という感じはなかったですね。
準備作業にもある程度めどが立ったので、広告案内が町内に出回る7月1日を「独立開業の日」に決め、
「柴山公認会計士事務所」が、晴れてスタートしました。
まあ、はじめの2~3年は、税務のお客さんもほとんどないだろうな、
という前提で考えていましたので、開業当初はかなりお気楽な雰囲気の毎日でした。
そして、開業から半月ほど経ったある土曜日の朝、一本の電話がなったのです。
「はい、柴山会計事務所です」
「あのう、税金の相談に乗っていただきたいんですが…土曜日でも大丈夫でしょうか?」
きた、と思いました。
「ええ、もちろんです。それで、どんなご用件ですか」
「私は、1年前から美容室を経営している者です。先日、区役所から、
『住民税の申告』をして欲しいので、都合の良い日時を決めて来てくれな
いか、といわれまして…」
「なるほど、税務申告のご相談ですね。それでは一度、お宅のお店に伺
って、具体的にお話を伺いましょう!」
これが、第1号のお客様との出会いでした。
「なかなか、さいさきのいいスタートだぞ」
私が抱いた、当時の心境です。
大掃除の日とベンツ
2007年11月27日
個人会計事務所に入ってから4ヶ月が経った頃、事務所の年末大掃除がありました。
その日は朝から、副所長の決めた分担に従い、せっせと床そうじや書棚の整理など、
日頃の汚れをやっきになって落としていました。
私の分担は、パソコンの周辺の掃除と窓拭きです。
冬とはいえ、力を込めて雑巾がけをしていると、だんだん体があったかくなってきます。
ついには、Yシャツを肘のところまで腕まくりして窓を拭いていました。
昼近くになった頃、1階の窓がきれいになったので、2回のベランダ側の大窓をごしごし拭きはじめました。
その時、自分が社会人になって、これがはじめての事務所の掃除であることに、はたと気付きました。
監査法人時代は、ビルの清掃会社に全て任せていたわけですから、職員だったわたしは、
会社の中で雑巾やモップをもつことは全くありませんでした。そういった意味では、楽だったんですね。
「年末に 1人窓拭く 会計士」
ほこりにまみれながら、笑えない俳句をつぶやいたりしていた自分がちょっと虚しかったです。
すると、事務所の前に見知らぬベンツが突然近づいてきました。
「こんな日にお客様かな?」
来客があるとは全く聞いてなかったので、ちょっと変な感じがしました。
少し遅れて、所長が玄関口からにこやかに笑いながら出てきました。
「どうもご苦労様。いい車ね」
車の中から、自動車会社の営業マンらしき人が出てきて、何やら話し合っています。
「何、あれ?」
私が訪ねると、税理士試験を受験中のO君が教えてくれました。
「所長の新しい車みたいですよ。買い換えたんですかねえ」
その新車は、渋い光沢を放ちながら、重厚な存在感を示していました。
「うーん、うらやましい!職員が大掃除でふうふう言っている時に新車の購入とは…やっぱり、早く経営者にならねば!」
あまり格好の良い動機ではありませんでしたが、その時、ますます独立開業への思いを強くしたのは、紛れもない事実でした。
金とハンコの重要性
2007年11月26日
大手の監査法人にいた時にはあまり意識しなかったけれども、個人の会計事務所に勤めるようになってから、非常に気を使うようになったことがあります。
それは、次の事柄です。
1.ある一つの仕事をするには、一定の期日までに資金を用意し、きちんと払い込んでいなければならない。
2.会社の外部の人との取引については、正式な印鑑を用意し、押印をしなければならない。
「なんだ、そんなことか。それなら、中学生だって知ってるよ!」
もし、このように軽く考えているとしたら、それはとても甘い認識です。
言葉だけなら、私だって知っていました。
しかし、「ただ知っている」というレベルと、「それを現場で確実に実行する」ということは、
全く別の次元の話なのです。
こんなことがありました。(話は脚色していますが、ご了承ください。)
大阪に住むある個人の資産家Y氏が出資している、㈱A社(本社は東京)という会社の一部門に、
文化事業部がありました。こんど、この文化事業部をもとの会社から分離し、5千万円の資本金を
事業資金として、新たに文化事業を専門に行う㈱B社という会社を設立することになったのです。
㈱A社
文化事業 ㈱B社
部門 分離
新規設立
(資本金5千万円)
資産家のY氏50%と㈱A社50%の構成になります。
㈱A社 2,500万円(50%)
(本社:東京) ㈱B社
(本社:東京)
2,500万円(50%)
Y 氏 資本金5千万円
(住所:大阪)
ここで、株式会社の設立の手順について、ごく簡単に触れておきます。
まず、①会社の名前である「商号」、何をするかという「営業目的」、
当初の開業資金となる「資本金」や本店の住所などについて決めます。
次に、②役員と出資者(株主)を誰にするか決めたら、会社設立の日の数日前には、
5千万円全額の払込が確実に行われるよう、入念に先方の資金繰り状況について打合せします。
一般に、会社を設立する日は、縁起をかついで「大安の日」を選んだりすることが多いのです。
結婚式の日取りを決めるみたいで面白いですね。
あるいはこんな方もいらっしゃいました。
「語呂がいいので、平成11年11月11日に会社を作ってください」
この依頼は、4日前の11月7日の夜にあった話です。この時は、ずいぶんとあわてたものです。
今では笑い話ですが……
話は横にそれましたが、いったん設立の日を決めると、それは仕事の「納期」となります。
当然、その日をゴールに見立ててスケジュールを組むわけです。
そのさい、設立の数日前までに、いちど決めた資本金の額が払い込まれていないと、
会社設立が予定日に間に合わなくなってしまい、大変なこととなります。
したがって、出資者であるY氏と㈱A社には、払込の期限を正確に伝えなければなりません。
もちろん、金額も、2,500万円ずつというとても大きな額なので、用意する方も大変です。
したがって、スケジュール決定の責任者となった私は、まだ慣れないこともあり、非常に緊張しました。
また、その他に大事なこととして、役所に提出するための書類を、法律の定めに従い作成するという
業務があります。もちろん1字1句、細心の注意を払って記載します。万が一、依頼者である㈱A社や
Y氏に見せる時に、少しの不備があったとしても、それは専門家として許されません。
なぜなら、提出書類には、出資者が役所に届け出ている「実印」という大事なハンコを押すことになるので、押印後に間違いがみつかったとしても、そう簡単にもう一度、というわけにはいかないのです。
ましてや、Y氏のように、遠い大阪に住んでいるような場合、わざわざ実印をもらいに
こちらから書類を持って出向いていかなければなりません。それには先方のスケジュールのやりくり、
長い移動時間と高い旅費など、ハンコ1つにとても大変な手間をかけるわけですから、
「やり直し」は、事実上あり得ません。
今の話は、会社を設立するという、特殊な事例ではありましたが、資金の手当てと実印が
必要な大事な取引には、さまざまなものがあります。
たとえば、会社が所有する株式を売却した時などは、法律の要件に照らして、
「有価証券の売買契約書」を作成します。
株式の売買は、通常百万円単位から、数億円単位まで、はんぱではない多額の取引になりますから、
株式を買う側としては、売買の日付にあわせて必要な資金を用意しておかなければなりません。
また、重要な契約書類ですから、取引の当事者の実印を押すのが通常です。
その時にも、売り手と買い手が近所に済んでいる、なんて都合の良いことはそうめったにありませんから、
やはり事前の入念な段取りは不可欠なのです。
つまり、企業が出会うさまざまな場面で、いつまでに資金を用意し、いつまでに実印を持ち出して
契約書などに押すかということが、いかに重要かお分かりいただけたと思います。
「金とハンコ」は、いろんなところで重要なのです。
個人事務所の勤務時代
2007年11月25日
これは私の場合に限ったことかもしれませんが、やっぱり、税理士の先生の個人事務所に応募しても、
あまり良い結果には恵まれませんでした。
そこで、しかたなく、公認会計士の先生が所長さんの個人会計事務所の求人広告を探すことに
しました。ただ、公認会計士で独立している人の数は少ないことから、なかなか良い求人広告には
出会えませんでした。
7月も終わりに近づき、少しあせり始めた頃、ようやく就職雑誌で1つの公認会計士事務所の求人欄を
見つけ、喜びいさんで応募しました。
かくして、翌8月より、めでたく再就職とあいなったのです。
その事務所は赤坂の一等地にありました。
閑静な住宅街の一角で、すぐ近くには、大使館や赤坂御所が見えます。
私がお世話になった公認会計士事務所の所長先生は、女性の方でした。
その先生は、病院経営のコンサルティングや相続関係の仕事に強く、そのかたわらで、
株式会社や有限会社の経理業務を見たりしながら、さらにはプロスポーツ選手の所得税の申告など、
さまざまな業務を幅広くこなす、かなり精力的な方でした。
入所後、さっそく私は4~5社の会社の日常経理業務を担当し、さらに、地価税の申告や相続税の
申告業務も任されました。
その合間に、新規のお客様が株式会社を設立するというので、全ての段取りをつけ、
会社設立まで、お客様を完全サポートしました。
これらひとつひとつの仕事は、どれもこれも新鮮で面白かったです。
なにより、届出関係の業務に付随して、いろいろな官公庁や公共の施設に行けたのが、
はじめは凄く実務の勉強になりました。
区役所、税務署、都税事務所、法務局、公証人役場に国会図書館と、最初の3ヵ月に現場で
覚えた実務知識は、どれもこれも貴重な財産です。
時には弁護士先生の法律事務所に日参して、紛争事件になりそうな案件の打合せや、
遺産相続に係る遺族の方々の財産分与に関する調査など、本当に東奔西走の毎日を送っていました。
そういえば、ある相続税の申告に関する案件で、弁護士の人が、亡くなった資産家の方の、
出生から死亡時点までの全生涯の戸籍を取り、コピーを送ってきたことがありました。
弁護士資格を持っている方は、職業上、他人の戸籍を取得することができるんですね。
ただ、はじめは、あらためて死亡者の全生涯の戸籍をとる、その理由が全くわかりませんでした。
そこで、事務所の同僚に、なぜそんな事をするのか尋ねたのです。
「それはですね、今の奥さんとの間以外に、死んだ人の子供がいないことを確認するためですよ。
奥さんと知り合うずっと昔に子供を作っていたかもしれないし、または、変な話ですけど、
隠し子がいたりするかもしれないでしょう?」
なるほど、と思いました。
しかしまあ、なんとどろどろした話でしょう。「~サスペンス劇場」のドラマにでも出てきそうですね。
事実は小説よりも奇なり、です。
ともかく、監査法人にいたときとは違った意味で、たくさんのことを学ぶことができました。
現場の仕事というのは、本当に奥の深い、それでいて興味の尽きないものなのです。
次の就職先が決まらない?
2007年11月24日
平成9年6月30日付けで、新人の頃からお世話になった監査法人を辞めたあと、
10日間くらいはボーっとしていました。
7月も中旬にさしかかった頃、そろそろ家でごろごろしているのも飽きてきたので(なんてぜいたくな!)、
書店に行って「デューダ」を買い、個人の税務事務所の求人広告をチェックしはじめました。
しかし、公認会計士を直接募集するような求人広告は、なかなか見つかりません。
そこで、資格の欄に、「経験者求む」というような記載があった2ヶ所の税理士事務所に
履歴書を送付してみました。
ところが、いずれの場合も面接まで辿り着くことができませんでした。
「理由は何だろう?」
あれこれ考えてみて、「税務事務所で必要としている人材は、会計士の有資格者よりも、
むしろ税理士試験の一部科目合格者のような、勉強中で雑務をいろいろやってくれるような人だ」
という話を、以前に聞いたことを思い出しました。
そこで、ちょっといじわるかな、とは思いましたが、背に腹は変えられないので、
3通目の履歴書は、わざと公認会計士の資格を書かずに送ってみたのです。
3日後、先方の税理士事務所から電話がかかってきました。面接してくれるというのです。
とりあえず突破口は開けました。あとは、面接に行ってからの勝負です。
約束の面接は、電話があってから2日後の昼過ぎでした。
「どうも、はじめまして、所長で税理士の〇〇です。僕の隣にいるのは、
副所長で人事を担当している××です」
「柴山と申します。よろしくお願いします」
ひとしきり、初対面のあいさつが終わると、さっそく所長さんが切り出してきました。
「履歴書を拝見すると、監査法人に5年近くお勤めだった、ということですが、
お仕事は主に監査業務の補助をなされていたのですか?」
「はい。そのとおりです」
「そうですか。監査業務の過程で、法人税の申告書を扱うことなどはあるのでしょうか」
「ええ、決算業務の監査を行う際に、会社で作成した申告書を見て計算過程をチェックすることはあります」
「なるほど…実は、うちのお得意さんでも、ある程度の規模の株式会社が結構あるので、
そういった面では、大企業の税務を見られていた、というのは好都合ですね」
そう言うと、所長さんは、ゆっくりとお茶を口に運びました。
そのとき、いちどは、これはいいかも、という感触を得たのですが…
「ところでですね」
私が書いた履歴書の資格欄を見ながら、おもむろに所長さんの口が開きました。
「柴山さんの経歴を見ると、公認会計士の資格が記載されていないのですが、試験はお受けにならなかったのですか?」
きたか、と思いました。
「いえ、実は平成8年の4月に公認会計士として登録しているのですが、
それをうっかり履歴書に書くのを忘れていました」
「えっ!」
所長さんと副所長さんが同時に小さく驚きの声をあげました。
ここまでは、あるていど覚悟していた展開です。あとは熱意と気合で押し切るだけです。
「もちろん公認会計士としての資格はありますが、申告書の作成実務という点では、
新人のつもりで仕事をしたいと思っています。当然、給料面でも、
無資格の人と同レベルになることは承知の上で来ていますので、どうかご一考ください」
ひとしきり私の主張を聞き終えると、二人は顔を見合わせていました。
あきらかに困っているようです。
「あの…」
さっきからほとんど口をきかなかった副所長さんが、はじめて重い口を開きました。
「まことに申し上げずらいのですが、今回の募集は、税理士の受験生で、
20歳代前半までの方か、あるいはすでに税務申告書の作成経験者に限らせていただきましたので、
当方では、柴山先生....のニーズにはお答えできないと存じます」
どうやら、雰囲気だけではなく、言葉づかいまで変わってしまったようです。
「副所長が申し上げましたように、公認会計士の先生には、十分な雇用条件を提示するのが難しい、
という現状をご理解ください。たしかに、さきほど柴山先生がおっしゃったように、
新人と同じような待遇で、という道もあるのでしょうが、それでは現実問題としておさまりが付かないと
思います。私どもも心苦しいですし…」
「そうですか」
「ただ、いちど副所長と私とで相談の上、あらためて採用の可否についてご連絡申し上げます。
正直言って、現段階では、どうするかについては白紙とお考え下さい」
面接はここで終了となりました。
私は、簡単なあいさつを済ませると、面接室のすぐ外にあるエレベーターの前へと進みました。
エレベーターのボタンを押そうとしたときに、ちょうどわたしのいるフロア-をエレベーターが通過してしまい、
いったん上の階に行ってから、戻ってくるまで待たされる羽目になりました。
最上階のランプがいったん点灯しました、そこからなかなか降りてきません。
どうやら、乗降者がたくさんいるようです。
「ついてないな…」
そう思って待っているうちに、2~3分は経ったでしょうか。
すると、さっきの面接場所のあたりから、所長さんらしき声が聞こえてきました。
「やっぱり、会計士は使いずらいよな。無資格者のように雑用を頼むのも気を使うだろうし…」
「そうですね」
壁に耳あり、障子に目ありです。これで、不採用が決定的になりました。
公認会計士の資格を持っていることで、かえって個人の税務事務所に就職するのが難しくなるとは、
なんとも皮肉な話です。
税金の実務を知りたい
2007年11月23日
私は、平成4年の10月に公認会計士の2次試験に合格後、監査法人に入所しました。
そして、3年半後の平成8年3月に、3次試験の合格通知を受け、
翌月に晴れて「公認会計士」の登録をしたのです。
この頃、監査法人の中でも、チーム内で監査業務の計画を立てたり、
現場の仕事の進み具合を管理したり、いろいろな役割を与えていただき、
充実した日々を送っていました。
ただ、その一方で、「税金の実務にもっと関わってみたい」という思いが強くなっていったのも事実です。
公認会計士は、商法や証券取引法などの法律に基づき、独占的に大企業の監査を行えますが、
その他に、コンサルティング業務や、所定の要件のもとに税務業務を行うこともできます。
そして、受験生時代に公認会計士を目指す者は、誰もが一度は「独立開業」を夢見ます。
ただ、独立開業をすると、それまでのように、大きな会社ばかりを見るわけにはいきません。
たとえば、経理担当の部署1つを取ってみても、大企業なら、会計に関する仕事を専門的に行う職員が
何人もいて、会計実務を集中的にこなしており、知識も豊富です。
税金の計算なども、よほど特殊なケースでもなければ、
ある程度は自分たちでできる場合がほとんどです。
これに対して、中小企業や個人商店では、大企業のように豊富な人材はいません。
経理担当とはいえ、社員の入社・退社や社会保険の手続、業務上のトラブルの処理など、
さまざまな業務を幅広くやることが多いわけです。
したがって、大企業の経理部門にいる人達とは違って、会計を専門的に勉強する機会は少ないのです。
また、中小企業や個人企業では、投資家に対する情報公開などより、
むしろ税金がいくらかかるかの問題の方が、よっぽど関心が高いという現状は、否定できません。
ある意味、ここに独立開業した会計士や税理士へのニーズがあるといえます。
とすれば、いきおい、会計業務と切っても切れない関係にある、税金面のアドバイスや手続の代行などが、
非常に重要となってくるわけですね。
このようなことから、独立してさまざまな仕事をこなすためには、
どうにかして税務の知識を深めるチャンスを得たい、と以前から考えていました。
具体的には、監査法人に勤め始めてから5年が経った頃に、もう一度将来について考えてみて、
やはり独立開業をしたい、という思いが変わらなければ、思い切って転職し、
個人会計事務所の門を叩いてみよう、と監査法人に入所した当初から決めていたのです。
そんなおり、入所4年目で監査チームの再編成がありました。
それから1年ほど、ひきつづき監査の仕事をやりながら今後のことをいろいろ考えました。
そこで思ったことがあります。
「今は、監査法人という大企業の看板で仕事をしているから、関与先の経理部長さんや
役員の人も『先生』と呼んでくれている。しかし、『〇〇監査法人』の看板をとったとき、
『柴山』という個人の名前でどれぐらいやっていけるのか、自分の力を試したい!」
そういう思いは、3次試験を突破してから、よりいっそう強くなっていました。
かくして、入所してから4年と9ヶ月後に、監査法人を退職することとなったのです。
Powered by
Movable Type 3.33-ja